で、ぶっ飛んだ暴想
2020.10.25 Sun 14:53
<ハイ、ツボ>
なんだかんだ意気投合したダーオカとジュナスタは、仲良し記念に倉庫と化した一室に秘密の場を設け、愛刀を脇にジュナスタ秘蔵の安酒をガブ飲みしていた。
二人を引き合わせた責任を感じ、念のため間違いがないよう同席した沖田は、酒が苦手なわけではないが、このどんちゃん騒ぎを聞きつけてナイチンゲール女史がすっ飛んでくることを危惧して、熱いお茶をすするだけだ。
二人はアルコールのガブ飲みをスタッフと婦長に叱られるだけで済むが、沖田はその後婦長に拉致監禁されてベッドに緊縛される、それだけは勘弁したいところだ。
ちなみにこのお上品なお茶セットは、ジュナスタのサーヴァントであることが未だに信じられないインドの大英雄アルジュナがポットごと置いて行ってくれたものだ。
日本人の口に合うように加減された、体を温めるスパイシーな香りと味に、目の前で繰り広げられるド下品な飲み会に殺気立つ自分をなんとか堪えられている。
「わしが楼閣の前を通り過ぎりゃあ品のえい遊女が女童のようにはしゃいでのう。」
「さっすがお姉様方、ダーオカの扱い方よくわかってるう。」
「じゃろじゃろ?わしの口説き文句と手管に遊女の腰も砕けてのう、一晩中こじゃんと喘ぐもんじゃけえ、明け六つに見送られるときにゃあ隣の部屋の御仁に昨夜はお楽しみでしたねなんちゃしょっちゅう褒められたぜよ。」
「島原と違って江戸は派手な嬌声が遊女の売りで男の甲斐性だったっけ。飴玉差し入れたら喜ばれませんでした?」
「ほう、ようわかるのう。」
「そりゃあ、“乾燥”した状態でそんだけ派手に喘いだらどんな熱血体育会系演技部レギュラー陣でも喉潰れますって。」
「相手は手弱女じゃき、まだわしも若く酔っていたとはいえ悪りことしじゃ。」
「天誅の興奮冷めやらぬ勢いでやっちゃったか。」
「そうじゃ。わしが斬る御仁は一流の腕前、低い姿勢で礼を尽くしてからサパッと行くんじゃ。」
「命がけの勝負に勝ってうまい酒をしこたま飲んで柔らかいお胸でぱふぱふとか、なんつう贅沢。」
「おまんらの時代の読み物じゃと幕末はえろう美化されちょうか殺伐としちょうけんど、ええ時代も人それぞれの日常もあったがじゃ。」
「どの時代も色んな人がいますからねえ、思い出を歴史にしようとしたら諸説もできるし、文にしたならばその時代独特の言い回しが後世で解釈戦争を巻き起こすし、本にしようもんなら脚色でもしないと面白くないじゃないすか。娯楽、娯楽ぅ。目くじら立てない。」
「おまんはほんに適当じゃのう。」
「このご時世この環境で凡人がクソ真面目でいられるかっての。ダーオカは、天才謳歌して適当そうに見えてちゃんと修練してて偉いよね。そんな低い姿勢からの抜刀なんて、足腰の強さと度胸のなせる妙技。凡人には絶対真似できねえ。」
「剣術の基本は足腰ぜよ。体の芯が勃っとりゃあとは腕を振り回せば大抵はどうにかなるき、わしが強敵を相手にしたときゃあ云々。」
「ふむふむ」
話はダーオカの女遊びの醍醐味と、人斬り自慢ばかりだ。
ジュナスタは本を読んだだけではわからないし間違っても自分では経験できない話を、楽しそうに聞いている。
ダーオカは霊基に刻まれた酒癖で随分と酔っているが、ジュナスタはほろ酔い程度だ。
女だてらに丈夫な体で羨ましいなと思いながらも、口を挟んだ。
「ダーオカ、自分の話ばっかりじゃなくてお嬢の話も聞いてあげたらどうです?」
酒も女も男の独りよがりは嫌われる。
ところがジュナスタは滅相もないと手を振った。
「凡人の話なんて面白くもなんともありませんて。沖田せんせこそ、武勇伝とかないんですか?」
「私がそんなものを語り出したらせっかくの酒宴に水を差すことになりますから。」
新選組の武勇伝に刺激されたダーオカが沖田に切りかかることで、騒がしくも穏やかな空気が一刀両断されるのは間違いない。
剣豪同士の斬り合いはジュナスタにとって最高の酒の肴、酒瓶片手にお囃子ものだが、騒ぎを耳聡く聞きつけた風紀委員らが飛び込んで来て早々にお開きになりかねない。
「沖田せんせの理性と御慧眼に感服いたします。」
「ふふ。恋物語などはいかがですか?女性の耳に優しい内容ですよ。」
「主治医せんせんとこの子との悲恋ですか?」
「おや。無頓着そうに見えて、他人の過去をよくご存じで。」
「無頓着でも、テレビつけてりゃ勝手に入ってくる情報もあるんですよ。沖田せんせの恋物語は、安酒の肴にゃちょい甘過ぎるんで、昼間に聞かせてください。アルジュナが淹れてくれる最高においしいお茶でもはさんで、しっとりと。」
「わかりました。」
沖田は彼女がもっと気持ちよくなるにはもう少し強い酒がもっと必要だなと、空瓶とまだ空いていない瓶を見比べて、自分が茶を選択したのは正解だったと知る。
酒は貴重だ。
彼女のように平然と不正でもしなければ、例え安酒でも易々と口にできない。
土方や酒呑童子などの大酒喰らいに見つかりでもしたら、例え安酒でも力ずくで奪われかねないし、その前にスタッフに見つかって没収されかねない。
そもそも清廉潔白通り越して潔癖のサーヴァントが何故咎めない。
いや、咎めはしたがこういうときだけは悪知恵がフル回転する不良生徒が優等生をコテンパンに丸め込んだのだろう。
それほど入手困難なものをこんなにも所有しているとは、何気にジュナスタって有能なのではと、沖田は少しだけ見直したが褒められたものではないとも理解している。
そんな難しい思考が素面でも難しいダーオカは、空になった瓶を悲しむことなく、新しい瓶の蓋を歯でこじ開け、空になったジュナスタの杯を満たし、自分の杯を手酌で満たした。
「ほいで、おまんはどうなんじゃ?」
「必要に応じてエネミー斬ったりすっけど、マスター職ってあんま出番ないんだよねーこれが。アルジュナやサポートさんに指示出すのが主な仕事だし、サーヴァントが優秀過ぎて言うまでもなく割と退屈ぅー。」
「ほうでなく、おまんの夜の話じゃ。あの曜変天目のような御仁相手に、おまんはどんげな技巧を返すんじゃ?」
曜変天目は、まるでそれが一つの宇宙であるかのように、漆黒に青や青紫の斑文が大小散らばり玉虫色の輝きを放つ最上級の茶碗だ。
ジュナスタは酒を吹き出しそうになったが、勿体ないのでなんとか堪えて口の端を拭った。
「ダーオカの口から確か日本に真物が3つしかない国宝指定の名器の名前が出て来るとは思わなかったよ。まさか、本物でも見たん?」
「清酒に飽きたら贋作で濁り酒を煽ったもんじゃ。星が煌めく夜空にかかる薄雲が波紋を描くのは幻想的で、安酒も雅な味に感じたぜよ。」
「その贋作でさえ、当時の技術だと超贅沢品だったんでしょー。夜空を映した湖の清水を飲むようで、格別なんだろうなー。聖杯より欲しいなー、骨董贋作ぅー。」
「はぐらかせてはやらんぜよ。わしの夜事情は包み隠さず話したんじゃ。今度はおまんの番じゃ。」
ジュナスタは包み隠さず舌打ちをしたが、それで激高して機会を逃すほどダーオカも阿呆ではない。
ニヤニヤと笑う髭面に、ジュナスタは目元を眇めた。
「ダーオカは遊郭で手練手管のプロ相手の武勇伝でしょ?それを個人の色恋と並べんのは違うゼヨ。」
「なぜじゃ?」
「心情はさておき、ダーオカの武勇伝はお姉様方にとっていい宣伝になるもの。でも一般人はそうはいかないわ。飲み屋で一人飲みでもしてるときに隣に座った知らねえ人にその場限りの肴の提供ならまだしも、これから一緒に戦おうとする仲間の性癖を聞こうなんて、変態の所業で正気の沙汰じゃねえ。」
「そういうところはほんにおぼこじゃのう。余計、子どもどころか悪ガキみたいなおまんがあの男の下でどんな顔で喘ぐのか気になるじゃろうが。」
「なっはっは!簡単な任務ばっかりで大英雄の欲求が大変不満で強靭な理性を凌駕して例え魔が差して別路線で実力を解放したとしても、布団跳ね除けて歯軋りしながらイビキかく器用な女を前に氷点下レベルの冷静を取り戻すさ。単騎サーヴァントの身で別のサーヴァントと情を交わすにはクソ真面目過ぎるし、どうしてんだろうね。」
「わしに聞くな。ほんに、残念な女子じゃ。」
「まあ、相手は品行方正な王子様だもの、肌を合わせたなら天にも昇る快感を賜るのは間違いなかろう。そこは問題ないんだけど、食欲カンスト、睡魔耐性0の私が、味を占めて色欲スキルまで身につけたら、アルジュナの方が大変ってのが現実的な見解じゃないかね。」
名探偵ならジュナスタの十の言葉に百は撃ち返してきそうだが、相手はダーオカだ。
沖田は美味極まりないお茶を少し渋い顔ですすっている。
「ほっっんに、残念じゃ。サーヴァントがあまりにも可哀想じゃ。」
「いい男が群雄割拠したカルデアで、その気になってくれる相手こそ少ないかもだけど、そういうスキルを実家から持って来てたら退屈しなかっただろうなあ。」
「ほんに、ほっっんに、」
「そういうダーオカだって、性別が違うだけで生前やってたこと私と大して変わらんからな。」
「ぐぬう、一緒にされとうない。わしは男でおまんは女じゃき、逆さになってもひっくり返らん大きな違いじゃ。」
「ほんと、世の中男だ女だ煩わしいわね。」
ジュナスタはダーオカが無造作に開栓した酒の銘柄を確認し、お気に入りの酒だと知るとちびちびと味わった。
ああ、おいしい、これは肴の味も変えるべきだと顎をしゃくる。
「あんたんところのお人好しでなんだかんだ押しの弱いマスターの、美女を相手にした武勇伝のが楽しそうなんだけど、そこんとこはどうなのよ。」
「マスターはマシュどん一筋じゃ。一向に進展せんちゃ、もどかしか。」
「あら、つまらん。」
まあ肴などなくてもおいしい酒は進むものだ、ジュナスタは手酌で杯を満たす。
またガバリと酒を煽ったダーオカは、目を据わらせながらも空の杯をジュナスタに向けて不敵な笑みを見せた。
「おまんの親友のお姫さんところはどうじゃ?恋仲なんじゃろ?」
「相手は騎士様よ。西洋の赤兎馬に蹴り殺されかねないから私から首を突っ込むことは金輪際ないけど、楽しんでんじゃない?」
ダーオカの杯を満たすために酒瓶の首を掴んだジュナスタの手に、力が入る。
中身が少なくなって軽くなっているのに、ひび割れるほどの力だ。
「相手は私が嫌う騎士様だから、手取り足取り紳士的に甘美で蕩けるような私はマジご勘弁な夜を過ごしてるでしょうよ。でなきゃぶった斬る、局所的に確実にな。」
「騎士の話なんぞに興味なか。清楚系美少女が夜はあの濡羽色の髪を振り乱すほどの激しさとかじゃと燃えるんじゃが、どうじゃ。」
ジュナスタの酔いが一気に醒め、それこそ騎士をぶった斬ると物騒な宣言をしたときよりも鋭い眼光でダーオカを射た。
ちなみに、憐れ酒瓶はくびり落とされ、空の胴体は逃げるようにそーっと床を転がっていく。
「相手が誰だろうと陽菜見て下卑た妄想でもしようもんなら、騎士の前に私が相手だ。」
「そりゃええ。姫さん賭けておまんと決闘できるちゃ、燃えるぜよ。」
こういうとき美女は大変だな私が守ってあげなくちゃとジュナスタが改めて思っていると、ご機嫌なダーオカがまだ酒の残った杯を勢いよく突き出すものだから、零れてジュナスタの服を盛大に濡らした。
随分と前に肌が火照りジャケットを脱いでワイシャツ一枚なので、僅かに肌が透けて見えてノーブラ過激派という噂が真実であると知り、ダーオカが目の色を変えた。
「たまにゃあ話のタネにツウ好み相手も面白か。おまんがサーヴァントと男女の仲ではないにゃあ好都合じゃ。」
「何の芽も出ない根腐れ種だけどね。」
「わからんぜよ?どうじゃ、わしと賭けておまんが負けたら一晩遊ばんか。」
「遊女のお姉様方に支えられてきたであろうダーオカさんちの自慢の息子さんが、中折れしても泣かないならいーけど。」
ダーオカが気分を害した様子はない。
ジュナスタは相手を気づかってすごく言葉を選んだけど、一度思ったら人斬り相手にも物申さずにはいられないんだなそれこそ正気の沙汰じゃないなと、沖田は思ったが、口には出さなかった。
「ダーオカは何賭けるのよ。」
「悪名高いジュナスタの、もしかしたら大事なものを奪うかもしれんからの。マスターの次に忠誠を捧げ、命を懸けて守るぜよ。」
「はあ?なんで私が負ける前提なのよ。」
「イカサマは得意じゃ。」
「お生憎様。人生そのものがイカサマの私に博打は相性がよくてね。負ける気はないわ。」
ふふんと鼻を鳴らして酒を流し込みながら流し目を寄こすジュナスタに、ダーオカの雄が刺激される。
「私が勝ったら表面上でいいから新選組と仲良くして。リツカをこれ以上困らせないように。」
「おまんの貞操と釣り合うよか条件じゃ。乗った。」
「三本勝負でいいわね。」
ジュナスタにもようやく酒が回ってきたようだ。
沖田は水を差そうとしたが、良薬口に苦しというし、実際苦いし、もう少し見守ることにした。
ダーオカが懐から賽子を取り出すと同時、ジュナスタもジャケットのポケットから賽子を探り出した。
各々一つずつ賽子を出し合い、沖田が持っていた空になったばかりのコップに指で弾いて投げ入れた。
酔っていてもさすがの精度に、沖田は呆れを通り越して感嘆する。
沖田は一旦手の平で賽子を転がし床に投げ捨て、すかさずコップを逆さに二つとも閉じ込めた。
「ハイ、ツボ。」
動体視力は普通の人間とサーヴァントで比べるまでもない。
コップを小刻みに動かして賽子を転がし、ダーオカが最後に見えた目を狂わせる。
沖田は手を固く止め、二人をそれぞれ見た。
「さて、この賭け。ツボ振りの私も参加してもいいですかね。」
「もちろんですよ。まず私から、劣等生に相応しいビリ(五二の半)で。」
「わしはニトオシ(五ゾロの丁)じゃ。」
さすがの二人だ。
沖田が公平を期して混ぜたとはいえ、音からして器の中で動いたのは二つの内一つだけだ。
転がらず滑っただけの一つは間違いなく五の目が出ていることに気づいている。
「掛け金は愛刀加州清光か大和守安定で。…コマが揃いました。」
しかし、沖田は自信満々に「ヨイチの半」を選んだ。
「勝負。」
二人がイカサマでもしたのかと思えば、沖田が器を開けるより前に倉庫の扉が開いた。
そこには源氏の覚えめでたき弓の名手より色々抜きん出た、アーチャーが立っていた。
時間稼ぎは間に合った、コップを開けるまでもない。
間違いなく出目は「与一の絆」で沖田の勝利だ。
ダーオカは半泣きで後ずさりし、ジュナスタは二日酔いにはまだ早い頭を抱えた。
沖田は、アルジュナの冷たい笑みに、温かく微笑み返した。
アルジュナの硬い表情に、ほんの少し沖田の温もりが移る。
「そろそろお開きをと、頭をスッキリさせるお茶をお持ちしました。」
「さすがの御慧眼。お嬢に大事なものがあれば危うく失うところでした。もちろん師として守ろうとしましたが、出過ぎた真似と反省もしました。」
「沖田殿の御厚意にはまた後日お礼を。それより今は急ぎマスターの愚行を叱らねばなりませぬゆえ、お許しを。」
「構いません。こちらこそおいしいお茶を最後まで御馳走様でした。」
アルジュナは心中穏やかではないものの、丁寧な所作で酔い冷ましの茶をダーオカと沖田の前に置いた手でジュナスタの腕を捻り上げて立たせ、引きずるように部屋を後にした。
ダーオカは残りの酒を煽り、まだ栓の開いていない酒瓶を懐に隠し、締めの茶を味わった。
「さてさて、次の飲み会は肴が楽しみじゃのう。」
「それがわかっててけしかけたのなら、最低ですよ。」
「なんでじゃ。背中を押しとうだけぜよ。」
「お嬢の口振りからある程度自覚があっての振る舞い。他の素行や能力を鑑み、色恋に耽れば誰かさんのように所属団体から名前を削られるかもしれません。」
「マスターがあんなんでも、サーヴァントはあんなにも優秀じゃ、マスターの指示がなくともカルデアのためによく働くじゃろ。それならマスターが今以上にお飾りになろうと、二人の関係が深まる方がよかろうが。」
「普通の魔術師ならそれもいいですけど、彼女の性格からして、サーヴァントと恋愛関係になったら色々差し障ると思うんですよね。一度目は誠心誠意応えて貰えるでしょうが、二度目からクソ真面目に主従に相応しい距離を保つために慎まれたら、破滅するんじゃないです?」
「ハン。わしの好みじゃないが、不器用に求める可愛げのない女ほど、ああいうクソ真面目な男を虜にすると思うがのう。」
「それこそ大博打でしょう。」
「博打と酒と色はわしもお嬢も大好物じゃ。」
沖田がコップを開ければ五ゾロの丁だったが、ダーオカは何も言わずいい気分で席を辞した。
その後、珍しくアルジュナに酒を所望されたジュナスタは、望むだけ酌をして飲ませてあげた。
付き合うジュナスタは、ただひたすら酌をするだけだが、アルジュナの逞しい腕に抱き寄せられ、すぐ横で浪費される酒匂と衣服に焚き締められたよい香に、酔いもぶり返してくる。
「ねえ。アルジュナみたいなサーヴァントは酔わないんでしょ?私から取り上げるのが目的ならお酒好きな英霊にあげようよ。ねーえー!」
「ああ、酔えないこの身が恨めしい。」
「ねえ、おいしい?せめて味わってよー!勿体なーい!」
「私の台詞です。全く以って勿体ない。私の気持ちが少しでも伝わったようで幸いです。」
アルジュナは生前であっても酔った勢いなどとは縁遠く、理性的ではあったが、王子であり戦士であり人よりも感情の起伏は激しい方だと自覚はある。
「いい加減、羽化登仙の心地を私にも味わわせてくださいませんか。」
「…そうやってクソ真面目だから、」
杯を置き、ジュナスタの顎を掬い上げるアルジュナは酔ってはいない。
ジュナスタの目は酔いで潤み蕩けているが、口元は硬いままだ。
「軽率に酒の肴にはなってあげられないのよ。」
「真剣に取り組んだかどうかは別として、どんな言い訳も苦しいほど十分に、考える時間を差し上げたつもりですが。」
「じゃあ優しくしないで、業務的に済ませて。」
「それは無理です。」
「じゃああげない。擦り切れた私の乏しい情を分け合って、失って、泣き腫らして生きるなんて私こそ無理よ。その上、肌馬のように新しいサーヴァントを召喚なんて、死んでもごめんだわ。」
「はい。だから、私が座に還るときはあなたが輪廻に還るときです。」
「殺してくれるの?一緒に死なせてくれるの?」
自分が死ぬ前提で話をしているのに、ジュナスタの目が僅かに輝く。
アルジュナはそれが酷く労しく、愛おしく思った。
「あなたが望むのならばと言いたいところですが、あなたのような猪突猛進型マスターがいて私が座に還るような状況です。一蓮托生でしょう。」
自信満々なアルジュナに、ジュナスタの心が大きく揺れる。
「そして、私が再臨するときは、あなたが転生するときです。」
「嘘つき。座に還ったら私のことなんてすっかり忘れて、他の魔術師の召喚に応じて精神性に忠実に献身的に仕えるくせに。」
「博打を私は好みませんが、和子はお好きなのでしょう。」
自分が召喚したサーヴァントがアルジュナで、ジュナスタはとても喜び、後悔もしていた。
マスターとしては優秀で喜び、女として擦り切れた心でも強く惹かれる存在を無視し続けるのにも限界があるとわかっていたからだ。
しかし、今この瞬間、後悔は吹き飛んだ。
博打を打つのに先に立たない後悔や半端な尻込みは無粋だ。
何の根拠もなく大きく出て大きく打つ、酔狂寄りの粋を、運全般全戦全勝の授かりの英雄が見せたのだ。
負けるわけがない。
「私は数奇な運命と賭けて半を。」
「じゃあ、私は偶然もまた必然と賭けて丁を。」
アルジュナが勝つのであれば、凡庸な自分は何一つ憂うことはない。
この夜の二日酔いがどれだけ長く尾を引こうと、別れの先の再会まで永遠に膝をつかずに歩いて行けるはずだ。
「そのザマはなんだ、ジュナスタよ。二人きりになれる静かな場所で、一刻も早く私の腕で眠れ。(意:見るからに寝不足のようで心配です。私でよければ布団にも湯たんぽにもなるので、アルジュナに見つからないところでこっそり昼寝をしなさい。)」
果たしてその夜の勝負の結末は、翌朝、アルジュナと因縁浅からぬカルナの、本心は藤丸立夏かジナコ以外いまいちわからんぶっ飛んだ発言のおかげで、カルデアに正しく広まることはなかった。
<真相>
ジュナスタは、シャワーの温かさ以外の理由で頬を染め、身を清めていた。
しかし、ある異変に気がつき、顔色を豹変させた。
ベッドに腰掛けて待っていたアルジュナは、自分のために可愛らしいシルクのネグリジェのようなパジャマを着たジュナスタを見て、眉を下げた。
「髪を乾かしましょう、“マスター”。」
「…ありがとう。」
アルジュナは、スウェットよりも確実に耐寒性が低いパジャマを考慮し、自分の上着をジュナスタの肩にかけてから、ドライヤーのスイッチを入れた。
ジュナスタがあの程度の酒量で頭痛を覚えるはずがないし、アルジュナが一番ジュナスタの魔力の不安定さに気がついている。
つまり、このタイミングで生理が来たのだ。
ジュナスタは面目なくて明言できず、アルジュナも言葉にして確認はしなかったが、ジュナスタはアルジュナがただ寝るための作業に入ってくれていることに、ただただ感謝し、惚れ直した。
しかし、喉元過ぎればなんとやら。
生理中使い物にならないジュナスタは、生理明けに仕事を詰め込まれる。
とてもそんな雰囲気に至る隙はなく、このまま踏み倒してしまえとばかりのジュナスタの背を、たくさんの視線が刺していたことを、ジュナスタだけが知らない。
お粗末!
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