剣☆拍手お礼文☆118
 2020/05/10 Sun 22:12


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<されど大佐は飛蝗と踊る>

※第22話以降の設定。
※久しぶりなので暴走しました、すみません。



僅かな一息以外、目配せや指信号で意思の疎通が行われる静かな龍皇国軍駐屯基地龍哭尤爪兵団代理兵団長の執務室。
上級将校以上に限定された緊急極秘会議の招集がかかった。
ダレンが数本有する体内通信の中でも三次元化すれば要塞の形をとれるほど堅い回線での事だったが、上官の僅かな緊張を敏感に汲んだ准尉はダレンの呼びかけを前に泣く泣く作業を手放して退室した。
唯只管勝利の二文字の為、戦闘については鬼軍曹がうさぎしゃんに見える程厳しい躾けを徹底したメオ・ジギー元大尉は、内勤については瑕疵なく与えられた業務を時間内にこなせば十分だと今でも思っているので、今後も徹底する予定はない。
そもそも勤務初めは満タンのやる気と元気も龍哭尤爪兵団基準で通常の鍛錬と訓練をこなせば余る筈は無く、それでも余る様な猛者がいるならば糞忙しい大佐御自ら嬉々として特別に追加で扱いて泥の様に眠らせてやる所存だ(皆それを望んで日々励んでいる事を本人は知らない)。
しかし、内勤においても有能で従順な部下が傍にいるのは、なんと心地よい事か。
一国の駐屯における最高責任者となった今では尚更、准尉には感謝しかない。
偏に准尉の才能故にと思っていたが、准尉本人に言わせると期待以上の結果を残すに当たり向上意欲が溢れて止まらないのは仕え甲斐のある上官のおかげだそうだ。
ダレンは我ながらよい部下に恵まれたものだと気分良く、咒式で仮想空間を可視化し遠隔会議に参加した。
ギギナから贈られた椅子から立ち上がり、息をする様に上位の電磁光学系咒式を展開し他と同期できる互角の将校達の円に並び、他十数名と同時に片膝を着いて頭を垂れた。
舞い広がったダレンの長い銀の髪が床に付いた時、中央に初老の僧侶が浮かび上がった。
ツェベルン龍皇国最重要人物、モルディーン・オージェス・ギュネイ枢機卿長だ。

「やあ、皆。忙しいのにすまないね。僕直々に顔を出したのは、一刻を争う緊急事態だと気を引き締めて貰いたくてね。以降詳細は担当官から聞き、少数精鋭で極秘に任務を遂行して欲しい。いつも君達の活躍に感謝し、これからも期待しているよ。」
「は。」

皆一様に短く明確に答えたが、内心眉間に力を入れていた。
ここに並ぶ将校は皆、今でこそ役職上内勤に勤務時間を多く割いているが、任務に当たり気を緩めた事がない根っから前線育ちの武官ばかりだ。
中央の人物が国旗に代わっても、気が緩む事は無かった。
各々椅子に掛けるなり胡坐を掻くなり車座になったところで、担当官が音声と映像で説明を始めた。
標的の本拠地は赤道直下の草原地帯、数を増しながら徐々に北上し、既に運河を越えて大陸に進攻した。
その数、四千億。
ツェベルン龍皇国もダレンの任地もまだ遠いとはいえ、流石のダレンも他の将校同様頭を抱えた。

『<空跳飛蝗ソラトビバッタ>は面積に換算して二千平方キロメルトルの大群で穀倉地帯を襲い、一日三万人分に匹敵する食料を食い荒らしています。まず皇国は駆除の資金として総額十億イェン緊急支援。各国が各国の出来得る最高の対策を講じていますが、紛争が絶えず政情も不安定な事から科学、咒式学ともに成長が遅れており、未熟な殺虫剤の使用は環境汚染も懸念され、駆除が捗りません。雨季が過ぎ草が枯れれば自然消滅する種ですので、降水量が一年を通して安定している地域への侵入を許してしまえば、残る自然防御要素は一千メルトル級の山岳地帯の冷気の壁ですが、今回仲間の屍を足場に運河を越えた例を見ると、海からの進攻も十分に考えられます。』

いやもうここにいる将校ならば説明されなくても緊急事態の内容等少し考えればわかるし、腹が減っては戦どころか生活も出来ぬのだから事の重大さは馬鹿でもわかる。
あまりの数に視界が遮られ、数メルトル先を歩く人が黒い影にしか見えない映像を見れば、どの様な拷問にも耐えられる様に心身共に極めた武官でも流石に頬くらい引き攣らせる。
しかし、皆が各々手を額に当て黙っているのは、それが理由では無い。

「(…バッタ。)」

たかがバッタ、されどバッタ。
わかっている、蝗害の恐ろしさはわかっている、場合によっては一体の龍を凌駕する数の暴力の恐ろしさは身を以てわかっているのだ。
発生理由等後回しでいい、他個体を嫌い群れず子どもの遊び相手に丁度良い孤独相から攻撃的かつ長距離飛行も可能な迄に身体を極めたにも関わらず何故ここに来てつるむ事を好んでしまったのか群生相に変化する謎の解明も後回しでいい。
とにかく今は一週間おきに百個の卵を生む驚異の繁殖力を持つ大群を殲滅する事が何よりも先決なのだと、わかっている。
わかっているからこそ、わかりたくない。
ここにいる将校は前述、息をするように上位の電磁光学系咒式を展開し他と同期出来る等、電脳大戦時に筆頭工作部隊を担う一握りの優秀な人材だ。
勿論、電磁雷撃系も極めている。
噛みつきもしないバッタ如き一撃で黒焦げにしてくれる。
だがしかし、だ。

「(バッタかあ。)」

お忙しい猊下御自ら御尊顔を示し、我等の実力を認めた上で激励して下さったのだ、不満は無い、間違っても不満は無く、間違いなく光栄の至りだ。
将校達があまりに深刻に黙りこくるものだから、担当官の説明は理解を促す様により饒舌になって暫く続き、最後まで誰にも邪魔される事なく、さぞ気持ち良かった事だろう。
一方で将校達は、表情筋が死んだこの面子であの数のバッタを相手に雷電を纏い糞真面目に剣を振るうところを想像し、少し前から生気の失せた目元を更に陰らせた。

「(絵面が何とも言えぬ。)」

誰もが同じ思いを噛み締めていた。
その中でも特にダレンは俯き、米神に青筋を浮かせながら声を張り上げた。

「異国の数の暴力と相対する前に、円卓上で同じ脅威に曝されるとは思わなんだな。」

他の将校達は龍の唸り声にも怯まず、ひたとダレンを見つめている。

「私は謹んで辞退する。皇国や駐屯地の領海領空領地内であればいざ知らず、兵団長代理並びに第十三翼将として他国に僅かでも実力を吹聴する行為は慎みたい。」
「メオ・ジギー大佐の実力は底無しだ。底の浅い我々に御配慮願いたい。」
「目立ったところで大した任務にも就いていないのだから問題なかろう。」
「どうせ目立つのであれば、既に目立ち過ぎて隠れようがない貴殿にお任せしたい。」
「褒め殺そうったってそうはいかぬ。目立てば襤褸が出る様な三下が今この場で私と肩を並べられると思うてか。…よいか。」

ダレンは他の将校達が口を開く前に続けた。

「猊下は私一人ではなく貴殿等も招集したのだ。大敵を前に最適の作戦を最速で導き出す為の場で、舅根性丸出しで短絡的に結論を出す事は猊下の御意向を軽視する事と同義であるぞ。」
「心外だ、メオ・ジギー大佐。」

ダレンが顔を上げれば、一回り年上の大佐が歪んだ笑みを浮かべていた。

「事は一刻を争う。私は一国の駐屯に於ける重責を理由に謙虚な姿勢を取ろうとする貴様の背中を押す為に猊下に呼ばれたのだと思っている。」
「貴様、<大妬姫オオトヒメ>討伐作戦の時の事を根に持っておるな。」

ダレンの睨みを、一回り年上の大佐は鼻で笑った。

「論点を擦り変えるな。客観的に見て貴様以上の適任はなかろう。異を唱えるのは主観で捉える貴様だけだ。」
「は!同じ電磁雷撃系で相性不利だったとはいえ大蛸如きに尻込みした者の発言が何であろうと、猊下の御意向を理解出来てのものとは到底思えぬわ。」
「悲しい事だ。貴様の無駄に美しい隻眼はやはりただのお飾りの様だ。ならば仕方が無い、私が貴様に代わり引き受けてやっても良い。」
「…貴様。」

そう。
ダレンが見渡さなくても、そもそも俯いていても、この場にいる全ての将校がダレンを見つめている事に気が付いたくらいだ。
<大妬姫オオトヒメ>討伐作戦の時とは違い、電磁雷撃系が適任とわかった作戦会議に於いて、ダレンがいればダレンが一番である事はわかりきっている。
一刻を争う状況でダレン以外を推挙したいのであれば、そもそもダレンがここに呼ばれる事は無いのだ。
ここでこれ以上文句を言うと、ダレンの方こそモルディーンの意向にケチを付ける事になる。

「ふん。これまでの言葉遊びは、同じ電磁雷撃系の精鋭が集まろうともやはり私が格上であると貴殿等の口から確かめたかっただけだ。私こそ悲しきかな、おかげで貴様等の考えが足りぬ事もよく理解出来た。」
「ほお?」
「私の忠誠心を疑う余地も無い猊下が貴様等を円卓に招いたのは、多忙を極める私の手伝いをさせる為だ。足元の科学文明を焼き切らぬ様に全員は要らぬが、顔を見て最適任者を決められる様に計らって下さった猊下の御配慮には感謝してもし切れぬ。」
「…。」
「猊下御自ら気を引き締めよと激励を頂いて尚、余裕をかましていた諸君。心せよ。」

今度はダレンが一回り年上の大佐に歪んだ笑みを浮かべる番だ。

「今回もうまく逃れられると思うなよ?」

今回は仕方が無いかと内心諦観した一回り年上の大佐を始め、ダレンはさっさとお手伝いを選出し、標的が仮想敵国の領空を越える二日前に作戦内容を通達すると宣言し、会議を閉じた。

「出撃でしょうか?」

通信が終わった気配を察し、執務室に戻って来た准尉は、様子のおかしいダレンに正誤で返答できる問いを投げてみたら、猛烈なピッチャー返しを食らった。

「私はこの作戦が終わったら休みを取って溜まりに溜まった心理的負担を発散してくる!よいな!?」
「ギギナ君の所に行くのであれば、一日程予定を調整しておきます。」
「行くのではない!帰るのだ!」
「ああ、はい。すみません。」

どうやら右腕にも言えぬ極秘裏の重要な作戦の様だが、ギギナを求めるつまり甘やかされたいという事はなんかまた生意気な年下を理由に円卓に虐められたんだろうなと察しが付いた准尉は、深くは追及せず、銀の長髪と外套を翻し荒々しい様も優雅に執務室を出て行く背中を敬礼で見送った。

「え、バッタ?嫌ですよ、子どもじゃあるまいし。全く以って興味無いです。」

ダレンは研究室の扉を開いた途端一目散に両手を広げて歓迎したシグメオの顔面を足蹴にしたまま腕を組んだ。

「命令だ、バルダン中佐。一昼夜で環境に優しい殺虫剤を発明しろ。」
「御褒美に力強くハグしながら顔中にチュウしてくれるのであれば土壌別作物別数種類の調合くらい半日程度で完成させますけど、それだけ広範囲に密集されたら薬剤が行き届かなくて効率悪いですよ。」
「範囲は量で凌駕する。密集陣形に対し均等に散布可能にする方法を考案するまでが貴様の仕事だ。」
「いやもう龍哭尤爪兵団が虫対峙する発想がこれっぽっちも無かったものですから、一昼夜では無理ですし、そんなの急いで考えるくらいなら諸々の効率を考慮して電磁雷撃系咒式で灰にする事を提案します。」
「流石に高密度かつ範囲が広過ぎて焼ムラが出る。その場合、森林や家屋、船舶に飛び火する可能性がある。」
「そのくらいの被害なら可愛いものでしょう。他国に恩を売る事が目的ではないのならば完璧にしてやる事はありませんよ。」
「やはり貴様は優秀だが部下に向かぬ。准尉なら二、三話せば上官の意を汲み私が気付かぬさり気無さで配慮する。」
「評価は甘んじて受け止めますが、あの澄ましたツラの下で被虐趣味を拗らせた変態親父と比べられたくありません。」
「当然だ。無害な変態と危険な変態である貴様を同一視する愚行をした覚えは無い。」
「それで?ダレン様が察して欲しかったものとは何ですか?」

シグメオは顔面をダレンに足蹴にされたまま腕を組んだ。
ダレンは足を下ろし、額に手をやり項垂れた。

「すまぬ、兄上。俺はどうあってもダレンという名の世界最強の電撃殺虫ラケットを作りたくはないのだ。」
「それは、…俺も同感だ。」

兄弟は暫く仲良く項垂れ、頷き合った。



とは言え事はやはり一刻を争い、天才兄弟が通常業務の片手間に全力を出しても、モルディーンの提案を超える作戦を講じる事は出来なかった。
色々察した准尉の根回しのおかげで作戦行動自体がメディアに大々的に報じられる事は無く、電脳上だけで<最強電撃殺虫球拍部隊>誕生かと都市伝説程度の話題に留まり糞忙しいメオ・ジギー大佐の名前が上がる事も無かったが、どんな小さな情報でも伴侶の安否より御機嫌を窺うギギナのセンサーに引っ掛からない訳が無い。
日の出前に突如帰宅したダレンに何か問う事は無く、あの都市伝説は事実で当事者だったのかと察し、頭を撫でて迎えた。
何はともあれ今は荒んだダレンの目を和らげる事が先決だ。
ダレンが大人しく突っ立ったままなので、ギギナが根気よく丁寧に撫で続ければ、次第にダレンの目元は蕩けていった。

「ただいま。」
「ほう。無自覚放浪癖重症患者に改めてそう言われると感慨深い。」
「また躾けられたいのか?」
「ああ。久々に剣の稽古を付けて欲しい。」
「それは自己同一性を保つ為に今俺が最も望むところだ。」

発生国の経済難と技術不足で殺虫剤が用いられず、バッタが汚染を回避していた事が功を奏した。
兄弟会議の結果、己等が誇りを堅持する為に精鋭の中の精鋭達の才能の最高出力を以てして食糧難の国々に程よい火加減で食べ切れない量の栄養をお届けすれば、大いに笑って喜んで下さったモルディーンから勲功を賜れたおかげで、仮称<電撃殺虫球拍部隊>は姿勢と表情を保ったまま土産を片手に日常に戻る事が出来たのだが、ギギナの見るからにダレンの精神的消耗は身体的疲労を上回っている。
ギギナはダレンに差し出された丸々太ったビニル袋をずっしりと受け取った。
中身の堅く尖った足がそこかしこで塩化ビニル樹脂を突き破り、流石のギギナもぞわっとしたが、掴む手の力を緩める事は無い。
今日の昼にでも嫌がるガユスに無理矢理調理して貰おうそうしよう。
苦い思い出も上手い料理に変わり腹に満ちればさっさと乗り越えられよう。

「今から出勤か?」
「零細なりに私にも仕事があるのでな。」
「小物の相手に飽きたらいつでも言え。俺の部隊で可愛がってやろう。」
「貴様に可愛がられる分には構わぬが、問題はその上だ。」
「俺の部隊におらずとも、彼の御方が見上げた空の雲の上におわす事にお変わりは無いぞ。」
「ふん、幸い我が家には天井がある。今回はいつ迄居られる?」
「夕方迄だ。仮眠したら直ぐ追い駆ける。」
「散らかすなよ。」
「入浴と着替えでどうやったら散らかるのだ。」
「凡人では思いもつかぬ事を天才はしれっとやらかすものだ。」

それこそがモルディーンがダレンを仮称<電撃殺虫球拍部隊>隊長に任命した理由だ。
ビニル袋を掲げるギギナに、ダレンは僅かに微笑んだ。
ダレンの目はもう荒んでいない、むしろ誇らし気に輝いている。

「仕方ない。期待に応えてやるから早う行け。ガユスによろしくな。」

ギギナは上から下に手を振るダレンに見送られて出勤した。




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