人☆拍手お礼文☆109
2019/01/12 Sat 23:08
拍手ありがとうございます!
<優しい九官鳥は千尋の谷で獅子の子を拾った>@
※拍手お礼文72<隣の部長>の続編の続編の…
※お礼文☆108の続編
今日も今日とて激務だ。
王子の部署は、前任のリヴァイから仕事を受け継いでいる。
人類最強と謳われたサラリーマンの仕事量は凄まじく、使えるものは何でも使う素晴らしい業務効率によって成り立っていた。
事務に関するプログラムの熟達度は、我流だが、資格を持っている精鋭部隊も敵わない程だ。
だから、引き継がれた先輩方も四苦八苦する中、新兵である王子は言わずもがなだ。
当初はデータを貼り付ければ簡単に計算してくれていたファイルも、古くなれば手を加える必要が出て来る。
当時の完璧を追求した数式は、後の人には複雑怪奇過ぎて解読から時間がかかる。
最初から作るのと手直しするのと、どっちが楽かと言われたら手直しなので、諦めるわけにはいかない。
「(我流、本当に癖が強い。)」
みんな、決して口には出さない。
かつてはこの部署で、人類最強として会社のために全力を尽くしてくれた人の、努力の結晶だ。
彼の耳に入ればきっと、何も表には出さないが、心の中でしょんぼりするに決まっている。
そんな人だ。
王子は袖に隠して付けている黒い数珠に元気づけられながら、通常業務の後に人類最強の作ったファイルの解読に精を出した。
「(そうだ。レンコンのタルタルサラダが冷蔵庫に。キーマカレーが鍋に入っているので温めて食べて下さい。デザートは冷凍庫にみかんが入っています。)」
王子のSNSに対し、了解とすぐに返事が来た。
件の人類最強、今は新設部署の部長、リヴァイからだ。
新設部署はミカサやアルミンといったエリートと、ダークホースエレンなど、若く優秀な人材に恵まれている事、何よりリヴァイが初代部長である事から、衛生的にもかなりのホワイト部署と名高い。
驚異的な業務効率を可能にする癖の強い仕事も、アルミンが即座に解読して汎用性の高いものに変換してくれる。
どうしてリヴァイの去った方の部署にアルミンを配属させなかったのか、王子が疑問に思わない日はない。
リヴァイは繁忙期でない限りあまり残業をせずに済むので、帰宅も早い。
土鍋で米を炊いてくれる。
しかし、今日は家で夕食を摂れそうにないので、食べるのは明日の朝になりそうだ。
「(弁当、何を詰めようかな。)」
最近の楽しみは料理だ。
同居人が美味しそうに食べてくれるものだから、作り甲斐がある。
しかも相手は今や恋人だ。
仕事も頑張れる。
「(よっしゃ、さっさと終わらせて帰るか。)」
王子は立ち上がり、気分転換のシメにトイレに向かった。
定時を過ぎたオフィスに空調は入らない。
今は冬で、トイレは極寒だ。
頭も冴えるだろう。
王子は目を覚まし、そこが自分の部屋の天井だとすぐにわかった。
ところどころ、記憶がある。
用を澄まし、トイレで手を洗う前から様子がおかしかった。
視界が狭くなり、気がついたら倒れていた。
起き上がり、また手を洗おうとしたら、動悸と強い目眩に見舞われ、薄れゆく意識の中でなんとか手を洗う事ができた事まで覚えているが、次に目を覚ましたのはトイレ近くの廊下だった。
そこで壁に縋りながら半身を起こし、なんとか体育座りで体勢を落ち着けたところで、社会の窓が全開である事に気がつき、チャックを閉めてからの記憶がない。
次に目が覚めた時には何故かトイレの入り口で倒れていて、ああ、死ぬのかなって思ったら、眼鏡をかけた人に見つけてもらった。
専門職のハンジ分隊長だ。
頭を打っていないか聞かれたが、意識が朦朧としていたしところどころ記憶がないので首を横に振れば、安静にできるところまで担いで貰えた。
健康に悪そうなほど、机に齧り付いている人なのに、意外と力持ちで驚いた。
自分が貧相であるという発想には至らない王子であった。
その後、少し寝ていていいと言われて目を閉じて、今だ。
「大丈夫かい?」
ハンジは、王子が目を覚ました事にすぐに気がついた。
王子は弱々しく頷き、体を起こそうとして止められた。
「低血圧と冷えだ。最近は男性にも多いらしい。起き上がるとまた血が下がって意識を失うかもしれない。まだ寝ていなさい。」
「…はい。」
「今日は様子を見て、必要があれば病院は明日行きなさい。吐き気はあるかい?頭痛は?」
王子はまた首を横に振って答えた。
「リヴァイは今、風呂だ。出たら看病を代わって貰うよ。」
「何から何まで、すみません。」
「まったく、便所で倒れてた奴を担いだ体は汚ねえそうだ。帰宅直後、真っ先に君の身ぐるみを剥いで濡れタオルで拭いてファブり出した時には驚いた。」
確かにリヴァイは「ご飯にする?風呂にする?」で躊躇なく真っ先に風呂を選択する。
しかし、自分よりも早く帰宅していたリヴァイがなぜ、今、風呂に入っているのだろうか。
ハンジの回答は、王子の疑問を待ってくれなかった。
「ごめん。君のスマホ、指をスライドさせたらロックが解除されるだろ?落ちていたスマホを拾った時に、直前のSNSのやりとりから同居している事を知ってしまったんだ。」
ハンジは王子に少しでも意識がある事から、救急車ではなく家族を呼ぼうとしてくれたのだ。
「謝らないで下さい。リヴァイさんを呼んでくれて、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
ハンジはコップに少なめに水を注いで、王子に渡した。
少し、温めてある。
体温に近い。
「いやー、あいつ呼んで楽だったわ。何よりあの運搬力よ。まるで羽毛布団のように軽々と抱いた時には、あーほんとこいつ人間じゃねえわって思ったよ。」
「担いだって、言いませんでしたか?」
「最初、会社ではね。車内で君が唸ってたから、急いで部屋に連れて行くために着くなり肩に担いでさ。エレベーター待つのも億劫だったのか、階段駆け上がってったよ。」
「…すげー。」
「はいはい、興奮しない。変な話して悪かったよ。」
ハンジは王子が飲みやすいように、少しずつ水を注いであげた。
王子は目礼する。
「すみません。御迷惑をおかけしました。」
「いやいや。王子が夜遅くまでがんばってるのを知っているのに、こっちこそ見て見ぬ振りをして悪かったね。」
「いえ、比べるのは失礼ですが、ハンジ分隊長の方がたくさん働いて会社に多大な貢献をしていて、先輩達の方がたくさん業務をこなしています。俺にできる事は、足りない分、長時間働く事くらいですから。」
「私はもう趣味のようなものだからね。他の子は知らないけど、少なくとも私とは比べてはいけないよ。」
ハンジは王子の頭を撫で、リヴァイの到着を知った。
「水は飲ませたし、会話はしっかりしてる。急変しない限り、病院は明日でいいだろう。熱はないけど、反対に低体温になってるから体を冷やさないように。栄養剤があるなら飲ませてあげて、なければ少しでいいから無理のない程度に消化にいい何かを食べさせてあげて。」
「了解した。助かった。今度、必ず礼をする。」
「はいはい。王子と一緒にうまいもんでも食わせてくれ。」
ハンジを見送ったリヴァイは、粥を作ってから王子の部屋に入った。
「食えるか?」
「はい、いただきます。」
王子が体を起こすのを手伝い、背凭れになってやった。
王子は粥を一口食べるやいなや、泣き出した。
「…美味しい。」
「そう思えたなら、大丈夫だな。」
王子はそれ以上食べようとはせず、ずっと泣いている。
リヴァイは急かさず、王子が泣くのを聞いていた。
しかし、粥が冷えて来たので、取り上げた。
「食いながら聞け。」
リヴァイは、匙に少量の粥をとって王子の口に押し付けた。
その逞しい腕には、大きな黒い玉の数珠が嵌められている。
王子は泣きながら口を開き、与えられるがままに食べた。
「どうぜおまえの事だから分不相応に情けないとか思ってるんだろうが、それは正しい事だ。そして、その分を埋めようとして他人より働く事も間違ってはいない。体調管理については、かつて俺の方が指摘をされたくらいだ。社会人としておまえはがんばっている。」
食べながら横に首を振る王子の、口の端に粥が付く。
リヴァイは両手が塞がっているので、口付けて取ってやった。
塩辛い。
「おまえをここまで弱らせてしまったのは、管理職の怠慢だ。おまえが気に病む事はない。」
また首を振ろうとする王子に、リヴァイは粥の乗った匙を押し付ける。
王子はまた食べ、泣いている。
「おまえの事だから、気にするなと言っても職場に迷惑をかけたと気にするのだろう。であれば、おまえがする事は一つだ。無理をせず、今は安静に努め、いち早く職場に復帰する事だ。そうだろう?」
「…はい。」
王子は粥を首を横に振って辞退した。
リヴァイは残りの粥を食べる。
「カレー、美味かった。だが、一人で食べても物足りない。おまえがもう少し早く帰れるようになると嬉しい。」
「すみません。」
リヴァイは王子に全力で寄りかかられ、腹筋に力を入れて支えてやった。
その後は、王子が冷えないように一緒に寝てやり、朝も粥を作り、午前は病院へ連れて行くために有給を取った。
おかげで、二人が同居している事実は、社内に瞬く間に広まった。
「王子、大丈夫なんスか!?」
午後一でのエレンの問いに、リヴァイは眉間に皺を寄せた。
「大丈夫じゃなけりゃ俺はこうしてここに座っちゃいねえ。王子も大事でなければと、しばらくは残業しない事を約束して出勤している。」
「はあ!?どんだけブラックなんスか、あの部署!?」
「ほお?エルヴィンに喧嘩売ってんのか?」
「エルヴィン部長どうこうじゃねえッスよ。あの精鋭部隊でも処理し切れねえなんて、仕事量おかしいだろ。俺、役に立つかわかんねえッスけど、手伝ってきます。」
「やめとけ。王子にもプライドがあるんだ。好きなだけやらせておけ。」
「でも、」
大切な友人を心配するのは、ミカサもアルミンも同じだ。
リヴァイは目の力を緩めた。
「まずは身の程を自覚させ、先輩達の手助けを素直に有難がる可愛気を覚えさせる。後輩を顎でこき使う傲慢さを覚えるのはその後だ。」
エレンは妙に納得し、一礼して席に戻った。
この件で、元リヴァイ班の先輩達は、後輩苛めの汚名を着せられてもおかしくなかった。
しかし、王子はすぐに出勤し、すぐに彼らに謝罪した。
仕事に穴を開けた事にではない。
素直に頼らず、彼らの面に泥を塗ってしまった事に対してた。
元より評判のいい元リヴァイ班だ。
元リヴァイ班は嫌味を言う事なく快諾し、社内に悪評が立つ事はなかった。
何より、それ以上の噂が拡散しているからだ。
「ところで兄さん。その、袖に隠してる黒のブレスレット、王子とお揃い?」
「いや、王子の方が玉が小さい。」
「そう。」
ミカサの問いに、リヴァイは言葉をぼかしたが、アルミンは密かに珈琲に咽せ、口の端を少しだけ汚した。
その隣、興味はなくても産業スパイとして情報収集の一環で耳を傾けていたアニも、流石に目を見開いた。
エレンだけは、黒い数珠が流行ってんのか俺も買おうかななんて、頭がお花畑になっていた。
口を滑らせたのはハンジに間違いない。
リヴァイは礼は必要ないなと、また眉間の皺を険しくした。
社内恋愛は禁止されている。
今頃王子はどうしているのか、と。
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