剣☆日頃の感謝文☆
2018/09/24 Mon 23:13
日頃の感謝を伝えたくて…
<ジャイアントインパクト>
※第23話後
部下が退室してしばらく、周囲に准尉以外の気配が消えた。
ダレンは片手で目元を覆い、机に肘を付いた。
「…そろそろ死ぬ。」
「(本当に死にそうなのは私なのですがね。)」
ダレンよりは休んでいるとはいえ、ただの中年男性である准尉は限界を既に超えている。
それに比べダレンは若いし、何より第一刺突爆龍隊のみぞ知る事実、竜の子だ。
それも龍、神龍の子だ。
“本気を出せば”物理的作業時間に変化はないかもしれないが、現時点の作業如きでは疲れを感じる事はない。
と、思った事があるが、ダレンの実の兄に鼻で笑われた。
“本気を出せば”今ある作業の全てが、無駄としか感じられなくなるのだという。
1から10まで順序立てなければいけない事を、龍は場合によっては1を感知した瞬間に100まで思考を飛ばす事ができる。
2〜99までは理論立てて思考する事はなく、感覚的に理解し、いちいち証明や作業を必要としないのだと。
それをあえて外部に言語や数式で出力する事は、「あ」という書き順について、一筆ごとに意味を求められているのと同じ事だと。
しかし、准尉が自分の上司にドン引きしそうになったところで、ダレン兄は付け加えてくれた。
ダレンはその煩わしさを楽しんでいる、と。
「(これが楽しんでいる姿ですかね。)」
准尉が知る由もないが、飽くまでダレンは竜と人間の混血児だ。
人よりも優れていても、竜としては優れていない可能性に気づいていない。
それは、普通の竜どころか龍の血でもなく、神龍の血が混じっている事から、すべての生物よりも優れていると思い込んでいるからだ。
ダレンはヒトとして学問を究める事で、己に足りない部分を補っている。
そんな事をしなくても、己を解放すれば簡単に龍と肩を並べる事が出来るのかもしれないが、ダレンは現時点でヒトとしてのやり方を極める事で己を高めようとしている。
それもきっと己を使った研究の一環なのだろうが、そもそも性格的にズルは嫌いだ。
その意識は間違いなく、ヒトの側から生まれたものだ。
その時点で、己を解放する事がつまり“本気を出す”事と同義である確証はない。
だから、本当のヒト属の天才は公には一人しか存在しないのだと、非公式の天才を兄に持つダレンはそう思っている。
「ん?」
ふいにダレンは顔を上げ、気配を探り出した。
その範囲が、駐屯地の敷地を覆うものであると、准尉は感覚的に理解した。
「どうされました?」
「何だろう。変わった客が来ている。」
「また絶滅危惧種ですか?」
「いや、ヒトだ。だが、これ程変わった気配は珍しい。強いのに隠そうともしないが、不安定、不安そうだ。」
准尉は、人間離れしているが可愛らしい表情で首を傾げる大佐に微笑んだ。
「休憩、なさってはどうですか?」
「寸刻みのスケジュールを乱すと、優秀な片腕が死にかねん。と、言いたいところだったが。」
ダレンが休暇用の携帯端末を引出から取り出した。
着信元はラズエル社だ。
無碍にするのもどうかと思う大企業からの電話なので、ダレンは早めに出て、大きな目を開いた。
「准尉、すまぬ。事情は後で説明する。」
「はっ。」
ダレンが説明を惜しんだのは、その時間すら准尉にとって迷惑をかけるからだ。
ダレンは電磁光学系第二階位<光陰身モフラ>で姿を消してから窓から飛び出し、入口に降り立った。
「レメディウス!」
「やあ、ダレン。まさかわざわざ来てくれるとは。」
「それはこちらの台詞だし、来てくれなかったらこんな所まで来てどうするつもりだったのだ。」
二人は固く握手を交わす。
「大人になったな、レム。最後に会ったのはモルディーン猊下の御配慮の下、チェルス盤を挟んでだったか。」
「電子媒体を介して交流は続けていたけど、最近はお互い忙しかったしね。君もすっかり大人にはなったけど、もしかして痩せたかい?」
「痩せた俺よりも痩せているレムの方が心配だ。ちゃんと食べているか?」
「経口摂取による栄養吸収率の悪さを説いていたダレンにそんな心配されるなんて、驚きだよ。」
「最近、食事を楽しいと思えるようになった。栄養吸収率について持論を撤回するつもりはないが、そこに持論を足したいと思っている。」
「そう。良かった。」
レメディウスは嬉しそうに笑い、ダレンの頭を撫でた。
「子ども扱いするな!」
「僕にとって君は弟の様なものだ。唯一、同年代で同程度の会話が穏便に成立する、稀有な存在。友よりももっと近く、寄り添いたい存在だ。」
「ぬう。そんな事を言われると怒り難いではないか。」
「僕の事が嫌いでなければ喜んでくれ。」
「レムこそ、軍人である俺の事が嫌いであろう。軍服を着ている時は特にだ。」
「ああ。命令なら誰でも傷付けて殺してしまう君は嫌いだ。でも、それが全てでは無い。君の研究は、力を持たない人間に力をもたらすものだ。それは、君の本質を表している。」
「馬鹿な事を。俺の研究はただの好奇心の賜物だ。それに、力を持たないものに力を与える事が必ずしもいい結果をもたらすとは限らぬ。何も持てぬ者は弱者であり続けるし、要らぬ争いを奮起させる事もある。」
「それでも、救われている命もある。完璧等在りはしないよ。」
「レムは難しい事を言う。」
「君は天才だろ?」
「レムだって天才だ。」
二人は微笑み合う。
先程から、門番担当は物凄い奇跡の光景に固唾を飲むだけだ。
龍皇国の兵士としてダレンの書籍は勿論、レメディウスの書籍も一通り目を通しているが、暗記をする事は出来ても理解する事は難しい事もある。
それ程、世紀に一人存在するかしないかの奇跡の天才が、同世代に二人存在し、今目の前に二人ともいる。
何かおかしなエネルギーが発生していつ爆発してもおかしくないのではないのかと、半ば本気で思っていた。
「立ち話もなんだ。茶くらい出そう。」
「いや、お構いなく。忙しいんだろう?」
「それもお互い様だ。」
「そうだ、ダレンの言う通り僕も忙しい。ダレンの顔が見られただけで十分だ。本当は顔を合わせなくても、遠くから見られればそれだけで十分だったんだ。」
「なんだ?それだけならば最近は不本意だがメディアに露出しているのだから、よく見かけるだろう?」
「いいや。肉眼で、本物の君を見たかったんだ。」
首を傾げるダレンに、レメディウスは肩を震わせた。
「少し印象は変わったけど、相変わらず君はとても綺麗だね。」
「そうか?」
「透明感、というのかな。悩み事とかなさそうだ。」
「馬鹿にしているのか?」
「いいや。きっと君は何にでも勝ってしまうのだろう。どんな強敵でも、過酷な環境でも、己の弱さでも。」
「買い被り過ぎだ。俺には仲間や友がいる。レム、おまえも咒式仲間だ。」
ダレンは真っ直ぐ、レメディウスの目を見た。
「今日はもう無理だが、何か遭ったのであれば話位聞く。仲間内でも俺の兄を自称するのならば遠慮はするな。」
「ありがとう。本当に会えて良かった。」
二人は抱き合い、呆気なく別れた。
見えなくなるまで見送っていたダレンは、首を傾げた。
「あいつ、本当に何をしに来たのだ?」
門番が一般的な事を口にする前に、ダレンは時間に気がつき、慌てて執務室に戻って行った。
後日、レメディウスから御祝儀が届いたので、顔を赤らめるのだった。
『教えてくれてもいいじゃないか。水臭い。』
「頼む。レメディウス博士の発言は重過ぎる。あまり他言してくれるな。」
『今度会った時に相手を紹介してくれると約束してくれるのであれば。』
「あー、相手が応じてくれたらな。」
『楽しみにしているよ。』
ダレンは前向きに検討していたのに、その日はついぞ訪れなかった。
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