欠☆日頃の感謝文☆
 2018/09/23 Sun 23:28


日頃の感謝を伝えたくて…



<月見酒>@

※第30話後



万斉は、高杉を布団に運んだ。
それまで、満月を肴に何を話すでもなく、お互い手酌で酒を飲んでいた。
いつから眠っていたのかはわからないが、どんな激務や状況でも隙を見せない鬼兵隊の総督が、珍しい事もあるものだ。
愛する片腕を失い、自暴自棄になったのかと身構えたが、そうであれば万斉を誘ったりはしなかっただろう。
これまた珍しく頼られた万斉は、溜め息一つで不問にしてやり、部屋の端に三味線を立てて支えに、横にならずに目を閉じた。



高杉が目を覚ませば、満月丸が大きな青い目を瞬かせて顔を覗いていた。
高杉の切れ長の目と違い、満月丸の目は真ん丸だ。
可愛いなと手を伸ばしたら、満月丸は呆れた様に微笑んだ。

「珍しくお疲れでございますか?」
「優秀な誰かさんがいなくなったおかげでな。」
「ふふ。それは物冥利に尽きるお言葉ですが、俺はもう物ではございませんから。」
「人間だって、優秀だと褒められれば喜ぶもんだ。」
「そうでしょうか。俺はいつも主様は優秀だと思い、言葉にしてきましたが、高杉様は一つも喜んではくれませんでしたよ?」
「そりゃあ、子どもを物扱いして上手だと褒められたって何も嬉しかねえよ。」

高杉は体を起こし、満月丸が差し出す茶を飲んだ。
熱過ぎず、酒で発汗し冷えた体を温めるのに丁度良い。
頭も冴えて来た。

「美味い。」

満月丸は嬉しそうに微笑んでいる。
高杉はその頭を撫でてやった。

「いや、おまえは俺の容姿も褒めてくれていたか。」
「はい。高杉様は素敵な殿方です。」

満月丸の頬が薄桃に染まる。
茶のおかげだけでなく、高杉の体の中心が温かくなる。

「俺は自分でも呆れるくらい、おまえを愛してるんだな。」
「俺もです。あなたの事を思うと、もう動けない。あなたの事しか見えなくなる。」

こんなにも心温まる場にも関わらず、満月丸の装束は黒尽くめだ。
忍装束でもなければ、頭巾も被っていないが、高杉は隻眼を歪めた。
満月丸は忍だ。
変装で様々な衣装を纏っていたが、満月丸としては忍装束か寝間着を纏っているところしか見た事がない。
自分がそうしたのだ。
物腰柔らかく、性根がどこまでも優しいのは、満月丸のもって生まれた人徳だ。
そんな子を、戦の道具にしたのだ。

「悪かっ、」

謝ろうとした高杉の口が、満月丸の口に塞がれる。
満月丸は高杉の手を両手で包み、首を横に振った。
高杉は微笑み、満月丸と額を合わせた。

「謝ろうとして悪かった。女々しかったな。」
「いいえ。俺は嬉しゅうございます。高杉様はお優しくて、ますます好きになってしまいます。ですが、お気持ちだけで十分。確かに褒められた事ではないかもしれませんが、嬉しい俺は、謝られたら困ってしまいます。」
「…うん。」

満月丸が忍でなかったら、二人は出逢わなかった。
その方が満月丸は幸せだった。
考えても仕方がない事だとはわかっているが、ふとした拍子に思い悩んでしまう。
そんな事を考えるくらいなら、忍として出逢ってしまい、忍として使い、戦が終わった今、どうしてやるべきかを考えるべきだ。
いや、考えた。
考えた結果、手離す事を決意したのに、満月丸は高杉を選んだ。
だから、責任をとらなければいけない。
そして、選ぶのは今も満月丸だが、その選択の責任は、今でも高杉にある。

「お慕いしております、晋助様。ずっと、この身が何処にあっても、心はいつもお傍に。」
「ありがとう。」

高杉が瞬きをすれば、そこは先程よりも暗い部屋だった。
見事な満月のおかげで、障子越しでも十分部屋の様子が伺える。
眠る万斉に布団をかけてやり、気がついた。

「満月丸?」

僅かな気配を頼りに障子を開いたが、外に影はない。
いや、あったとしても、夜に忍の姿を見つけられる訳がない。
もう一度部屋に目を戻せば、机の上に高級な酒が置いてあった。
気のせいではない。
高杉は半纏を羽織り、部屋を出た。
隠れ家から出てまで影を探し歩いたが、これ以上丸腰で動くのは危険だ。
川のせせらぎは耳に心地よく、夜の冴えた風は頭を冴えさせてくれる。
溜め息を吐き、頭を掻いて踵を返した時、狭い視野の端に違和を覚えた。
もう一度振り返れば、遠く、橋の上に腰掛ける人物を見つけた。
まるで小さな月のような見事な頭を、見間違えるはずもない。
そういえば、今日は十六夜。
なるほどと、頷いた。
いざよいは、いざよう、つまり躊躇うという意味だ。
十五夜よりも月が出る時間が遅い事から、そう表現されたという。
小さな月に逃げる気はないのか、じっと高杉を見ている。
袴も着物も地味だが、浅葱の羽織が鮮やかだ。
だんだら模様こそないが、それが何を意味するか、馬鹿でもわかる。
かつて、どうして似合うと言ってしまったのか、悔やまれる。
しかし、高杉は無邪気に月に手を伸ばすような童でもなければ、捕まえようとするほど無粋な男でもない。
自分の真っ暗な空に再び昇ってくれた事を、ただひたすらに感謝するだけだ。

「ああ、月が綺麗だ。」

高杉もまた、小さな月をじっと見るだけだが、その隻眼からは細く涙が零れている。
十分堪能し、隠れ家に向かって踵を返した。
背中にはずっと月の気配がある。
その気配は、高杉が隠れ家に入るまでずっと、あった。



高杉が目を覚ませば、布団は自分の上にあった。
万斉は何も着ていないが、それぐらいで風邪を引く様な軟ではない。
頭を掻きながら体を起こし、机の上を見て目を丸くした。
高級な酒はなかったが、飲みかけの茶が置いてあった。
茶碗は空だが、急須を振ってみたら、少し残っていた。
喉が渇いていたので飲んでみたが、冷たく、だいぶ渋くなっている茶は、夢の中の茶とは雲泥の差だった。
しかし、高杉の体の中心は温まった。
二日酔いもない。
身支度を整え、まだしつこく寝ようとする万斉を蹴り起こした。
障子を勢いよく開け、珍しく朝日を味わいながら煙管に火を点けた。

「元気そうで何より。」
「まったくだ。」

恨みがましい万斉の皮肉に、高杉は笑って答えた。



夜の散歩に行くと言う朝日丸を、沖田は止めなかった。
朝日丸を手離しで飼えるほど信用はしていないが、立派な大人だ。
あまりにも堂々としていたし、忍ぶにしては派手な格好で出掛けようとしたので、今回に限っては特に心配はしていなかった。
しかし、寝ずに待ってしまった。
朝日が昇る前、空が明るみ始めた頃、沖田の怒りが込み上げて来た時、塀に手が生えた。
軽々と朝日丸が塀を越え、戻って来た。

「おはようございます。」
「…おう。」

まさか沖田が寝ずに待っていたとは思わなかったのだろう。
朝日丸は清々しい挨拶をしたが、その手には高級な酒が握られていた。

「なんでい、土産かい?いったい何処まで散歩に行ってたんでい。」
「沖田さんへのお土産のつもりはなかったのですが、勿体無いので今夜にでも一緒に飲みましょう。」
「あん?真夜中に誰かに会いに行ってたのかい?」
「墓参りみたいなものです。先客がいて、酒はもう十分でした。」
「ああ、なるほど。」

朝日丸は縁側から帰宅し、身支度を整え始めた。

「今日は非番だろ。寝ろよ。」
「何言っているんですか。寝るのは沖田さんですよ。寝ずに待っていたんですね。すみません。」

身支度を整えた朝日丸は、どこからどう見ても沖田の姿形をしている。

「通常業務だったら俺一人でも何とかなりまさあでござる。何か遭ったら直ぐ呼ぶから安心して寝て下せえでござる。」
「まったく、優秀でゴザルな。」

私服の沖田が欠伸を漏らす。
制服の沖田は、沖田らしからぬ微笑みを浮かべ、私服の沖田が布団に入るのを見届け、障子を閉めて、朝日で照らされた世界に取り残された。

「(なんか今日は特に朝日が目に沁みるなあ。)」

制服沖田も欠伸を漏らし、目尻を濡らした。

 



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