書 い て み た
2008.11.30 Sun
【SSS:風邪っぴき弥子】
ネウロの風邪が治るのと同時期に私が風邪をひいた。これは確実に魔人に風邪をうつされたんだろう。事務所でぼうっと座ったままそう言うと、憎らしいくらい元気になったネウロが高笑いする。
「フハハハ、良かったなヤコ? 風邪をひいたということはバカではないという証明になるらしいぞ」
言うにことかいてそれかよ。本当に憎らしいったらない。しかし抗議する気力もなかったので聞き流すことにした。なるほど、この間のネウロはこんな感じだったのか。
「……身体が、だるい」
そして熱い。熱が相当上がってきたようだ。早く家に帰った方がいいのだけれど、立ち上がることすら億劫な状態の私はそのままソファに転がる。
「ごめんネウロ、ちょっと……」
休ませて、と最後まで言えたかわからない内に私は眠りに落ちていった。
熱に浮かされてふわふわとした心地の中、『ぐしゃり』とか『ガラガラ』とか『びちゃっ』といった不穏な音が聞こえてきて、私は目を覚まさざるをえなくなった。うるさすぎるのだ。
目を開けてまず目に飛び込んでくるのは天井──のはずなのだが、寝起きの私が見たのは視界いっぱいに広がる魔人の顔だった。つまり超ドアップ。
「……うへぇぇえっ!?」
「情けない声をあげるな」
私の視界を占めたネウロが少し不快そうに顔をしかめる。多分私達の距離は五センチもないだろう。
「な、なな、何してんのっ」
「うーうー唸る珍獣を観察していただけだ。まさか起きる時にも奇声をあげるとは。寝ても覚めてもうるさいのだな貴様は」
「うーうーって……」
苦しんでる病人に対して珍獣呼ばわりもどうかと思うが、とにかく私は顔が近いことの方が気になった。
「も、もう観察はいいでしょ。いいからどいてよ」
「気分はどうだ」
「え。……えええええっ!?」
私は驚愕してネウロを見つめる。魔人の口から気遣いの言葉が出るなんて、私は夢でも見てるんだろうか。
「ネ、ネウロ……どっか悪いの? また風邪でもひいたとか?」
こっちは本気で心配しているというのに、理不尽にもいきなり頬をつねられた。
「いひゃいいひゃい!」
「質問しているのは我が輩だ。さっさと答えろ」
偉そうにあごをあげて人を見下す様は普段のネウロそのものだ。どうやら体調が悪いわけではないらしい。
「えーと。だるい、けどさっきほどでは無い……かな?」
うん。頭にかかっていたもやが晴れたみたいに、今はスッキリしてる。熱はどうだろう、と自分の額に手をあてるとそこにはさらりとした手触りの物が貼ってあった。
(……これって熱冷ましシート?)
まさか、と思ってネウロを見やると魔人は素知らぬ顔でリンゴを私の目の前にかかげた。
「喰え」
「……は?」
いつも以上にネウロの考えが読めない。いや普通に考えればこれは看病をしてくれているんだろうが、相手は嬉々として傷口に塩をぬりこむようなドS魔人だ。風邪をひいた奴隷なんていたら、喜んで冷水をかけてきそうなのに。
「なにか言いたそうだなヤコ?」
「うーんと……うん。なんでもない」
よくよく事務所を見渡してみれば潰れたリンゴや氷嚢用に用意したのであろう氷水、破れてジェルのはみ出たアイスノンなどが散乱している。魔人なりに頑張ってみたようだ。
「リンゴを磨り下ろそうとしたらいとも容易く砕けたぞ」
「そりゃあんたの力じゃね……」
磨り下ろすどころか握り潰しちゃってるじゃない、と苦笑してゆっくりと身体を起こすと頭が急に揺れたためか、一瞬軽いめまいに襲われた。そのまま身体が前のめりに傾いでいく。
「あ……」
しかし私が倒れこむ前に革手袋をはめた手が伸びてきて私の身体は支えられた。
(うわ何コレなんで)
額のシート、差し出されたリンゴ、身体を支える腕。あまりにも現実離れした優しさに、なにもかもが夢のような気がしてしまう。
混乱する私とは対照的に、ネウロが淡々とした口調で語った。
「一応言っておくが、魔人の風邪が人間にうつるわけがなかろう。そもそも病原菌の種類が違う。貴様が我が輩の風邪に感染したら即座に死んでいるところだぞ」
(そ、そうなんだ……)
風邪の原因がネウロでないとしたら、先日わざと長時間外で買い物をしたのが一番の原因なんだろう。突き詰めるとネウロのせいとも言えるのだが、自分が勝手にとった行動の結果なので魔人を責めることはできない。
(まあ、もともと責める気なんてないけど)
「……ていうかそろそろ手離して」
「そういう事は自分の身体を支えられるようになってから言えイソギンチャク」
ネウロの腕はしっかりと身体にまわされたままだ。離すどころかむしろ若干キツくなってるような。
(うーん。この分じゃ……)
魔人の看病はまだ終わりそうにない。
fin.
──────────
弥子が病気になったらネウロは結構心配すると思う。
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