「飲み物とケーキは冷蔵庫に入れといてくれ。俺は着替えてくる」

コートを脱ぎながら自室に入っていくダンテを目の端に捕えつつ、俺はぼんやりと立ち尽くしていた。
ダンテの部屋は2LDKのアパートだった。男一人で暮らすには随分広い。その広いダイニング、リビングがデリバリーピザの空き箱やら空になったビール缶やら書類やら衣類やらで埋め尽くされていて、要するにかなり散らかっていた。
対照的に冷蔵庫の中とキッチン周りは綺麗に整っていて、普段どういう生活をしているのかが透けて見えるようだった。
無駄にデカイ冷蔵庫の中に缶と瓶とペットボトルを押しこみ、ケーキは野菜室に慎重にしまい込んだ。そして改めて室内を振り返り、これからこの部屋の片付けと、鍋の用意の両方をしなくちゃならないのか…と途方に暮れていると着替え終わったダンテが部屋から出てきた。

色褪せたブルージーンズに、グレーのセーター。ごく普通の、きわめてラフな格好だった。だが俺は初めて拝むダンテの私服姿に軽く感動してしまい、ビニール袋片手に床に積み上げられたゴミを回収しているダンテの姿に見入っていた。屈み込む度にちらちら見える背中や腰に吸い寄せられるようにふらふらとダンテのもとへ歩み寄る。俺が手伝おうとしていると思ったのか、ダンテは振り返ってこう言った。
「お前は鍋の用意を頼む。シンクの下の棚に色々入ってるから」
「わかった…しかし、凄い部屋だな。あんた、片付けるの苦手なのか?」
「いつもはここまでひどくないんだが、テストやら成績表やら研修やらで忙しかったんだよ。まあ、来年学校が始まるまではしばらくのんびりできるな」

ゴミをあらかたまとめたダンテは散らばっていた洗濯物を拾い上げると、洗面所へ消えていった。いつもはワイシャツで隠れている身体のラインが、薄手のセーター1枚になったせいでよくわかる。後ろから腕をまわしてあの腰に抱きつきたいとウズウズする身体を押し留めて、俺はブレザーを脱いでソファに放り、シャツの袖口を捲り上げた。



バランス良く具材が敷き詰められた土鍋に、スープを注ぐ。スーパーで買ったインスタントの「鍋の素」だが、ダンテがこれでいいと言ったので問題ない。
改めて鍋を見下ろし、いい出来だと頷くが何故一人暮らしのダンテの家にこんなでかい土鍋があるのかという疑問も湧いてきた。土鍋だけじゃない。しばらく使われていた気配はないが、包丁、まな板、スープ鍋、フライパン、サイズ違いのレードル、フライ返し等々。それなりに調理器具が揃っている。こいつ、世話焼き女でもいたのか?

人ん家の台所を詮索してあれやこれや邪推するなんて真似は情けないと自覚している。が、仕方ない。俺はダンテが好きなのだ。そのダンテはというと掃除機がけという重労働で疲れたと言って俺に炊事当番を押しつけ、ソファでゴロついていた。生徒の前で、教師がこんなんでいいのか。
まあ、この部屋に入った時点からそうなる予感はしてたさ。でもせめて一緒に手伝うとか、あるんじゃないか。とはいえ俺もダンテも大概デカイほうなのでキッチンに二人いたら狭苦しいだろうというのは確かだ。いや、それはそれでいい感じか?肩と肩が触れ合う距離で共同作業…よし、今度ダンテには苺柄のエプロンでもプレゼントしてやろう。

「ダンテ、カセットコンロどこだ?」
「あ、俺が出す。もう出来たのか?」
ダンテがソファから起き上がり、キッチンに入ってきた。
その時カウンターテーブルに置かれたダンテの携帯が電子音を鳴らしながらブルブルと震えだし、着信を告げた。
「トリッシュからだ」
ピ、とプッシュ音を鳴らしてダンテが通話を始める。
「お前ら、遅いぞ。………おい、今どこにいるんだ?」
ダンテがやれやれといった口調で訊いた。電話越しの騒がしい気配が俺にも伝わってくる。
「わかったよ。…え?ああ、ここにいる。おい、何言ってるんだ。…じゃあ、後でな」

通話を終わらせたダンテが、携帯をジーンズのポケットに突っこんだ。
「どうしたんだ?」
「あいつら、2人で店に入っちまったってさ」
「何だそれ。随分勝手するんだな」
「俺はもう慣れた。後で来るとも言ってたが…どうだろうな」
「仕方ないな。2人で食うか」
「ああ。まったく、せっかくネロが作ったのにな」
「俺とあんたなら、このくらいの量楽勝だろ」
「だな。あ、ネロって締めは雑炊とうどん、どっち派だ?」
「どっちかっつーと、うどん。さっき冷凍のやつ買っただろ」
「そうだけど、雑炊がいいなら飯炊かなきゃな、と思ってさ」
「この家に米あるのか?あとうどんなら俺、七味は絶対欲しいんだけど」
「ある。そこの、棚ん中」

和気あいあいと会話しながらリビングのローテーブルにコンロと鍋をセットして、鍋に入りきらなかった具を盛ったザルを脇に置く。
冷えたビールとウーロン茶とツマミを並べ、最後にお玉と蓮華と取り皿を運び、毛足の長いラグに対面に座り込んでコンロのスイッチを捻り青い炎が立ち上ったのを見届けたところで気がついた。
これは、もしかして2人きりのクリスマスというやつなのではないかと。



互いのグラスを突き合わせて乾杯し、鍋が沸くまで軽くツマミを食いながらの和やかな談笑タイムが続いた。ダンテは音楽の事とか、近所の飯屋の事とか、ウィンタースポーツの事とかを話していた。と思う。
俺はそれらに頷きながら意味も無く菜箸で鍋の中をつつき回し、改めてこの夜に2人きりなのだという事実をじんわりと噛み締めていた。どうでもいいと思っていたはずだが、案外イブってものを重要に捉えていたらしい自分に驚く。目の前のダンテは本当にどうでもよさ気だが。

そもそも。
もし仮に自分に告ってきた男が目の前にいたとして、俺はそいつと2人、のんびりと鍋を囲む気に果たしてなるだろうか?なるわけがない。半径2メートル以内には寄せ付けない自信がある。
だが、ダンテは俺に告白されてから今に至るまで、ずっとこの調子なのだ。まったく意識されてないと思えば落ち込むが、完璧に拒否られているわけではないと思えばその可能性に縋りたくもなる。

「お、そろそろ煮えたんじゃないか?」
ダンテが鍋を覗きこんだ。俺は無言でダンテの前から小皿を取り上げ、鍋に杓子を沈める。
「ネロ、俺豆腐と白滝。あと、肉な。野菜は味沁みてからのほうがいいから、まだいい」
これだ。こいつは甘え上手という奴なのか、何でも気軽に頼んでくる。それが当然とでも言うように。その度合いが我儘とかのムカつくレベルじゃなくて、親しいからこそ言えるさりげなくかつ気安いものなので、頼まれた俺はいつも嬉しくなって言うことを聞いてしまうのだ。もっと甘えてくれ、という気持ちになる。
言われた通りに盛りつけてやると軽い笑顔付きで礼を言われ、そんなことで収縮する心臓に自分がいかにこいつに参っているかを思い知らされる。
こいつって、今までもこうだったのか?
ちょっと親しくなれば誰にでも甘えて、そんな顔を見せて。そのくせその気は無いなんて、酷いことを平気で言ってきたのだろうか。








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