パロです。極東の島国で学生生活を送るネロと教職で糊口をしのぐおっさん。
「ダンテ、できたぜ」
俺は教卓に突っ伏しているダンテの頭をシャーペンで軽く叩いた。
「ん、」とダンテが顔を持ち上げ、差し出された答案用紙を受け取る。
そのまま軽く目を走らせると、ダンテは呆れたような視線を俺によこした。
「ネロ…お前、やっぱりわざとだったな」
「何が」
「これ、完璧にできてるじゃねぇか。本試験の時、お前点数計算して書いただろ」
「さあな。それよりダンテ、よくできた俺を褒めてやろうとは思わないのか?」
「これが1週間前のテストならな。追試の奴には、ご褒美はナシだ」
そう言って俺の答案を手にすたすたと教室から出ていくダンテを、俺は慌てて追いかけた。
今日は12月24日。学校は昨日から冬休みに入っていて、今日は期末を取りこぼした奴が受ける補講と追試の日だった。こんな日にわざわざ学校に出てきて追試だなんて、と学年中の奴は必死に頑張ったらしい。ダンテの教科でこの日に登校してきたのは俺一人だった。
俺としては願っても無い、まさに至福の時間だった。テキストを読み上げるよく通る低い声、伏せられた睫毛。板書をするときに向けられた背中のライン。そして、転寝をするダンテの寝顔。それらを全部ひとり占めで堪能できたのだ。
「ダンテ、待てよ」
俺は速足で職員室に向かうダンテに追い付き、その腕をとった。
俺一人のせいで余計な仕事を増やしたのはすまないとは思う。が、俺にだって言い分はある。この1カ月、ダンテにクリスマスの誘いをことごとく断られた俺はこうするしかなかったのだ。
「もう今日は終わりだろ?一緒に帰ろうぜ」
「お前らが冬休みでも、俺は普通に出勤なんだよ。まだ仕事は残ってる」
「でも、もうすぐ5時だぜ。残業はナシで、終わりにすればいいじゃないか」
「…ネロ、お前クラスの奴らに誘われてただろ?行かなくていいのか」
「行かない。俺、あんたのほうがいいから」
「うーん…あのな、ネロ。俺は俺で、今日はちょっと…」
足が止まる。
ダンテの腕を握る手の力が強まった。
「何だよそれ」
きょとんと、すっとぼけたツラをしているダンテを睨み上げた。
こいつに今日という日を一緒に過ごす相手がいないというのは知っている。いや、知っていた。一昨日の終業式までは。まさか、それから今日までにナンパでもして何処かの女を引っかけたのか?
「相手」
「ん?」
「相手、誰だよ。今日の」
「レディだけど」
俺は副担任の女の顔を浮かべて、舌打ちした。
クソっ、あいつか。全然まったくこれっぽっちもそんな雰囲気は無かったんで、油断した。
「あと、トリッシュ。クレドは誘ったけど家族と過ごすからって断られたし…」
「はぁ?」
「2学期も無事に終わったんで、軽く飲もうってな。今日そういうことになった」
「クリスマスだろ…んな忘年会なんか今日じゃなくてもいいじゃん」
「まぁこの歳になるとイブだとか何だとか気にしなくなるからな」
「俺は若いから、気にするの。俺ん家来いよ。俺一人だし」
「ダンテ、追試終わった?」
いきなり割り込んできた女の声に振り返れば、件の副担任がそこにいた。
「ネロ、あなたが追試なんて珍しいじゃない。どうだった?」
「問題無い」
俺は素っ気なく答え、ふいと横を向いた。俺のそんな態度に慣れきっている女教師は「ならいいわ」と言うとダンテに向き合った。
「トリッシュも、もう片付けてるわ。今日、店どうする?」
ダンテがちらりと俺を見た。微かに逡巡の気配を滲ませる視線。
「あー…、あのさ、今日は俺の家で飲まないか?」
ぽん、と頭に載せられた掌の感触。
「こいつ連れて、居酒屋には入れないし」
ダンテの車でスーパーの駐車場に乗り入れ、2人で店内に入る。
上下にカゴを載せたカートは俺が押して、ダンテがそこにぽいぽいと肉や野菜を放りこんだ。豚肉、白菜、豆腐、人参、椎茸、大根…
「ネロ、これ買ってやろうか」
ダンテが菓子の詰まった赤いブーツ型の筒を手に取った。俺は「いらねぇよ」と渋面を作るのに大変な労力を使った。
今日は、ダンテの家で鍋パ―ティーということになった。
面子は教師3人+俺。
女二人は一旦家に帰ってから来るとのことで、男二人が買い出し部隊。
ダンテと買い物するのも初めてなら、ダンテの家に行くのも初めてだ。それもお泊まりフラグ。というか、学校外で一緒に過ごすこと自体が初めてだ。
今年の春、ダンテが赴任してきたときにいきなり一目惚れして、速攻告白して、当然のごとく断られて。それからもずーっとアプローチを続けて、ひたすらのらりくらりとかわされ続けて…俺の健気で一途な頑張りっぷりを思い起こすと目頭が熱くなる。苦節8カ月、ようやくこのおっさんのプライベートな空間に入り込めるのかと思うと感慨深い。余計な2人はいるが、俺とダンテの2人きりではこの流れにはならなかっただろうということで今回は我慢することにした。
ということで、油断していると頬が緩みっぱなしになりそうだった俺は普段通りの仏頂面を保つために神経を使っていたのだ。
酒コーナーではビールの6缶パックやカクテル瓶やチューハイ、ワインが次々とカゴに入れられた。3人分とは思えない量だ。俺はコーラと、ウーロン茶。さすがに教師同伴で高校生が飲酒したらこいつの首が危ない。
かなり重くなったカートを押してレジに向かう。が、前を行くダンテが途中でテナントのケーキショップへと進路変更したのでついていくと、ダンテがショーケースの前で腕を組んで唸っていた。
「何やってんだよ」
「どっちにしようかと思ってな…」
目の前にあるのは真っ白なクリームの上に赤いイチゴの乗ったホールケーキと、チョコクリームでデコレートされた丸太型のロールケーキ。当然ながら、どちらもクリスマス仕様だ。
「ネロ、お前クリスマスしたいんだろ?どっちがいい」
俺が学校の廊下で言ったことか。俺としては、要はダンテと二人っきりで過ごせる口実になるならイベントは何でもいいと思っている。
「クリスマスだし、ビュッシュド・ノエルがいいんじゃないか?」
「う…やっぱそうか。俺は苺が好きなんだが…」
何だそれ。じゃあ訊くなよ。
と思わず突っ込みたくなったが、サンタの乗ったクリスマスケーキの苺を一心に見つめるダンテを見ていると、このおっさんを喜ばしてやらねばという使命感が湧いてきた。
「あんたが好きなのでいいよ。俺は、甘いのあまり食べないしな」
にこりと笑って言ってやるとダンテの表情がぱぁっと明るくなり、綻んだ。
「じゃ、これ買うな。苺のほう」
ダンテは嬉々として店員に注文し、受け取った箱をしっかりと手に持った。
浮き浮きと、今にもステップでも踏みかねないようなご機嫌オーラが発されている。
そんなに苺が好きなのか…。何で俺は今までそれを知らなかったんだ。知っていれば色々、そう色々だ。練乳たっぷりの苺をあーんして食べさせてやって、唇の端に着いた白い粘液を舌で拭ってやることだって…そうだ、頑張ればできたかもしれない。今日早速試してみるか?あのケーキで。それにしてもやっぱりダンテは可愛いな。俺の目に狂いは無かった。
あーなんかすごいドキドキしてきた。これからダンテの家行くんだよな…。大丈夫かな、俺。興奮しすぎていきなりダンテにキスとかしちまったらどうしよう。いや、できればしたいけどさ。いきなりはよくないよな。うん。
「何やってんだ、早く来いよ」
気がつくとダンテがレジ前から手を振っていた。
「ああ」
俺は生返事をして、レジに向かう。
2人で買い物って、いいよな。たとえそれが生鮮食料品でも。いや、だからこそか。まるで新婚みたいじゃないか。新婚…、そういやダンテって料理出来るのか?一人暮らしらしいから、ある程度はできるんだろうな。俺もそうだし。料理するダンテか。やべぇ、めちゃくちゃ見たい。好きな奴の手料理にときめくのは、男なら当然だ。エプロンとか、付けんのかな。
浮かれまくった俺の妄想がダンテと俺の2人暮らしの日常を描き出した頃、しびれを切らしたダンテにぐいと耳を引っ張られて俺は現実に連れ戻された。
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