俺がキッチンで夕食の支度をしていると、ご機嫌な様子のダンテが駆け込んできた。
「おいネロ!見ろよコレ!」
「何だよ…」
今忙しいんだよ、と言いつつ振り返った俺はダンテの格好を見て眉を寄せた。
羽飾りの付いた鍔広の帽子に、光沢のある黒い毛織のマント。その下は白いシルクのシャツにベルベット地の紅色のベスト、茶褐色のジョッパーズにジョッキーブーツと言う出で立ちだった。おまけに腰にはやたら銃身の長い火縄銃がぶら下がっている。
ダンテが派手好きなのは知っているが、これでは誰だってやりすぎだと言うだろう。
「…それ、新しいバトルスタイルか?さすがにマントは外した方が良いと思うぜ」
あと帽子も。動き辛そう。という俺のコメントに対するダンテの返答は「はぁ〜」というこれ見よがしなでかいため息だった。
「坊や、今日はハロウィンだぜ?」
「ああ、」
そういえば。
ここんとこ街中がオレンジと黒と紫で彩られていたのは知っているし、だからこそダンテのリクエストに応じてオーブンからパンプキンパイが焼ける甘い香りが立ち上っているわけで、そういうイベントがあるというのは分かっているが。フォルトゥナでは祝う習慣は無いし、そもそも俺はイベントと言うものにあまり関心がない。認識はしていても、自分には関係のないこととして過ごしてきた。
「あんたとトリッシュが上でごそごそやってたのはそれだったのか」
「まあな。よし、話が通じたところで、坊や。お菓子くれ」
「まだ焼いてる所だって。もうちょっと待てよ」
「それは晩飯のデザートだろー。何か別の!用意してないのかよ」
「あのなぁ…どっちかって言うとあんたが用意する立場だろ」
「俺は俺で用意してあるぜ。しょうがない、不用意な坊やにはイタズラしなきゃな」
にっと笑うその表情に、こいつは最初からこれがやりたかったんだなと悟る。
『いいから向こうでトリッシュと遊んでろよ、俺は飯の用意で忙しいんだ』と言おうと口を開くとばさりとダンテのマントが翻り、次の瞬間俺の喉元に鈍く光るレイピアが突き付けられた。
「問題。俺は誰だ?」
しょうがねぇなぁ、と思いつつ答える。
「三銃士?」
「外れ〜」
ツンツンと喉を突かれる。どうやら玩具のようだ。
「マスク・オブ・ゾロ?」
「また外れ〜」
さらにツンツンしてきた。にやにや顔で。おもちゃだから痛くはない。が、ウザい。
このおっさんのガキ臭さにはたまに心底呆れるが、それも俺やごく近しい人間にしか見せない仕種なのだと思うとつい可愛く思ってしまい、そんな自分にも呆れてしまう。
俺は笑ってホールドアップすると、ダンテに訊いた。
「降参、わかんねぇ。何なんだよ?」
「ネロ、どう?ダンテの衣装。結構面白……出掛けて来るわね。レディと約束があったの」
「トリッシュ待て!行くな!」
魔女の帽子をかぶったトリッシュがキッチンの入口から顔を覗かせ、一瞬で消えた。
キッチンの床に押し倒され俺に乗り上げられたダンテは助けを求めるように声を上げたが、あいにく彼女はもう事務所から出て行ってしまったようだった。
「コレ、本物みたいに見えるんだけど…どういう仕掛けだ?引っ張っても取れないし。元のあんたのもちゃんとついてるよな?」
「ト、トリッシュが持ってきたから知らねぇ…って、弄るな、うー…」
くすぐったい、と言いたげに首を振るダンテ。
ぴくぴくと揺れるそれから手を離し、マントの中に手を入れてもう一つの異物を引っ張り出した。
「これも?触るとなんか感じる?」
ぎゅっと握る。
「痛ぇ!」
オレンジ色をした三角形の耳が後ろに反れ、掌に握り込んだ同じ色の尻尾が硬直した。
三角の耳と細長い尾。
ダンテのクイズの正解は、「長靴をはいた猫」だった。
俺に答えを教えるために帽子を脱いだダンテの頭に付いていたものを見ただけならまだよかった。だが目を見開く俺に勢い付いたダンテは半身を捩じって俺に尻を向けるとぴらりとマントをめくり、「尻尾もちゃんとあるんだぜ」とふよふよと揺れるそれを自慢げに見せ付けたのだった。
「あんたの悪戯は済んだし、次は俺の番だよな?」
「いや、ネロ!お菓子ならあるから!」
「飴玉よりあんたを舐めたい。パイが焼けるまであと40分か…」
とりあえずは充分だな。そう言って猫の耳を食むとダンテは体をふるりと震わせ、「…後でロブんとこのパーティーに顔出すんだから、汚すなよ」と呟きながら俺の背に腕を回した。
終!