「ダンテ」
「ん?」
「あんたが好きだ」
「………」
湯気の向こうで、ダンテが顔を上げた。
「あんたが忘れてると困るから、一応言っておこうと思って」
「忘れてたわけじゃないが…」
「じゃ、どういうつもりで俺をここに上げたんだ?このままあんたにまとわりつき続けてもいいって事か?」
「いや、今日は元々4人で始めるつもりだったし。……その、ネロ」
「何だよ」
「ごめん」
喉が詰まりそうになった。ウーロン茶を勢い良く喉奥に流し込み、飲み込んだ。
「それは、俺を完全に振ったって事か?」
「違う」
「じゃあ、OKってことか?」
「それも違う。って、ネロ、今のはそういう意味じゃなくて…その、やっぱり俺はお前の言ったこと忘れてたと思ったから。そっちだ」

俺は鍋をかき回し、自分の取り皿に具を追加した。ついでにダンテの分も。こんな話をしているが、俺もダンテも淡々と食い続けていた。ぐつぐつと出汁が煮える音が部屋に響いている。
「ダンテ、何で高校生にもなった男が赤の他人の30代男教師にべったりくっついて買い物やら料理やらすると思うんだ?あと、俺普段からあんたの資料運びとかプリント作りとか手伝ってるよな。そんなの、下心があるからに決まってるだろ」
「ネロ君は先生想いのいい子だなぁ、とか?」
「ふざけんな。泣くぞ」
「冗談だって。つってもなぁ、最初お前に呼び出されて好きだって言われた時は、こいつ何の罰ゲームやらされてるのかと心配したくらいで…」
「何でだよ。俺すごい真面目に言っただろ」
「それにしたってまさかと思うだろ。男子生徒に言われたのはさすがに初めてだったし」

俺はぴたりと箸を止めてダンテを見た。
「それは、女子には言われたことがあるって事か?」
「んー…、まぁ」
「あんたまさか、」
「止せよ。ガキには興味無い」
おい。今のはサクッと傷付いたぞ。
「ダンテ先生は年増好みか?」
「それはお前だろ。クラスの可愛い子のことで盛り上がってりゃいい歳だろうに、どうして俺に来るのか全く理解できない」
「初めて見た瞬間に、ツボ押されたっていうか。アレは今思い出しても凄い感覚だった。あと、あんたの声も好みだ。カラダも。どこからどう見ても男にしか見えないのに、何かエロい。」
「ネロ、」
ダンテが困ったような顔をした。俺は構わずに、ダンテの目を見て続けた。
「中身も好きだぜ。いい大人なくせして、ガキっぽさが抜けてないところとかすげぇ可愛い」
「ちょっと、待て。止めろ」
「言うこと全部聞いてやって、あんたを喜ばせてやりたい。俺だけに甘えてほしい」
身を乗り出した俺に押されるように、ダンテが後ずさった。顔が赤い。鍋のせいだけじゃないと思いたい。
「ネロ、お前、何言ってるんだ」
「何って?俺があんたをどう思ってるか、だ。あんたを口説いてるんだよ」

「……断ったら?」
ダンテが俯いてぽつり、と言う。
「気にしない。あんたが俺のことを好きになるまで諦めないし」
「他の相手に替えるってのは…」
「無い」
「俺が誰かと付き合いはじめたら?」
「どうするかな。正直すげぇ腹立つと思うけど、ただのセックスの相手ならまだ許す。でも、もしあんたが本気になるような奴ができたら」
「ネロ?」
「あんたをどうするかわからない。想像もしたくないから、本当にどうなるかわからないな」

元の態勢にすとんと座りなおすと、ダンテがのろのろとテーブルに戻り、俺を見た。てっきり引かれてるかと思ったが、面白いものを見るような表情だった。
「お前って、結構ヤバイ奴だったんだな」
「悪いかよ。どうせあんたに惚れてる時点で、とっくに普通じゃないんだ。なら、したいようにするさ」
「自覚はあったのか」
「当たり前だろ。つーか、話そらすなよ」
「そんなつもりじゃない。ちょっと感動しただけだ」
ダンテが俺をじっと見た。E.T.を見つめるガキみたいな、好奇心と興味でいっぱいという目で。

「俺はお前が好きだぜ、ネロ。いや落ち付け、とりあえず座れ。お前とまったく同じって具合にはならないが、こうして2人でいるのも悪くない程度にはな」
「意味ねぇよ。可愛い教え子とか言うなよ?」
「お前が可愛いってキャラか?」
ダンテがくつくつと笑う。それを見てまたしても俺の心臓が収縮した。
「可愛いだろ。俺はあんたとこうしてるのが悪くないどころか、最高に嬉しいとか思ってるんだぜ。あの二人がブッチしたのを感謝してるよ。今日に因んで、キリストか、神様か。そのあたりに」
「おいおいネロ、酔ってるのか?」
「飲んでない。あんたが鈍いのはわかったから、正直にぶち撒けてるだけだ」
「そうか。なぁネロ、ビールの追加。あと、ジントニックな。持ってきてくれ」
ダンテが空のアルミ缶をぷらぷらと振って言う。
「俺を、甘えさせてくれるんだろ?酔わせてくれよ」





つんつんと髪の毛を引っ張られる感触で、深いまどろみの底に沈んでいた意識が浮上した。ぽたり、と頬に落ちる滴の感触。
「ネロ、朝だぞ」
ダンテが俺を見下ろしていた。滴の垂れる濡れ髪をタオルでガシガシと拭いている。素肌の上に纏ったシャツの前は全開で、濡れた肌の質感がダイレクトに視界に飛び込んできた。
何だこれ、夢か?サンタさんのプレゼントか?とぼんやり寝ぼけた頭でダンテの胸板をガン見していると、顔面に濡れたタオルが投げつけられた。
「送ってやるから、起きろ。俺は今日も出勤なんだからな。あと20分で出るぞ」

洗面所で顔を洗い、ダンテの買い置きの歯ブラシを貰って使う。これはこのままここに置いておこう。大晦日には、また来るんだしな。今着てるこのスウェットも、俺用にしてくれないかな…。頼んでみるか。
俺は制服に着替えながら、これからの俺とダンテの半同棲生活実現に向けての計画を巡らせた。
昨日は不発に終わったが、確実にダンテのバリアーを1つか2つクリアしたという手ごたえはある。
実際、昨日の俺とダンテはかなりいい雰囲気だったと思う。一回ぐらいキスできたんじゃないか?もしもあの時ダンテのジーンズの右ポケットから着信音が流れなければ。


俺が冷蔵庫から漁り出したカクテル瓶をダンテに渡した時だった。
初期設定のままなのだろうと思われるシンプルな電子音に、流されかけていたダンテの意識が瞬時に引っ張り起こされたのを見て取って俺は心の中で舌打ちをした。案の定それはダンテの同僚であり、俺の副担任でもある女からの着信だった。
短い通話を終了させた後、ダンテは普段通りの表情で俺を見た。
「二人とも、今から来るってさ」
「そうか」
「ネロ」
「何だよ」
ダンテの目には俺が不貞腐れた子供そのものに映っただろう。実際その通りだった。
「お前、大晦日と元旦はバイト入れたのか?」
「入れてない。あんた誘うつもりだったから」
「じゃあ、うちに来いよ。蕎麦食って、カウントダウンして、一緒に初詣行こうぜ」
「…ダンテ?」
「何だ、嫌か?」
「なわけ無いだろ!むしろ俺がそう言おうと思ってた」
「なら、決まりだな。ああ、これはあいつらには言うなよ?」
そこまで言うと、ダンテはもう既に3回ほど繰り返されていたチャイム音を止める為に玄関の方へ歩いて行った。
俺はというとあまりに思いがけないクリスマスプレゼントに、ちょっとの間固まっていた。
そして小さくガッツポーズを決めたところで、既に出来上がった女二人が入ってきて俺とダンテの静かなる聖夜の終わりを告げたのだった。



「おいネロ、行くぞ」
ダンテが玄関口から呼ぶ声が聞こえた。
慌ててマフラーを巻いて指定カバンを掴み、スニーカーを引っかけて外に出る。
家主が鍵を閉めている動作をじっと見ていると、俺が何を言い出すか予測したのかダンテはキーを素早くコートのポケットにしまい込んだ。
まだそこまでは焦らないさ。俺はコツコツとやっていくタイプなんだ。
朝の光に照らされるダンテの背中を見る。陽に透ける銀糸が、風に揺られてさらさらと踊っていた。

不意に冷たい風が目に沁みて、目の前が薄く滲んだ。
ダンテが車にもたれる姿勢で待っているのが見えて、俺は瞼を擦ると急ぎ足でダンテの元へ駆け出した。
















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