レインコート







どうしてこんなことになったんだろう。

口のなかいっぱいに、鉄の味がする。

どうして。

どうして。

息ができない腹が、空気を求めてヒクヒクと動くだけだ。

手足の感覚は、すでになく、恨めしそうな瞳をからだの上の凶悪な存在に向けたまま、結衣子は息を引き取った。





沖縄の人は、傘をささない。

ちょっと大げさな【ご当地伝説】だと思っていたが、実際に暮らしてみると、本当に傘をささない人がいるものだ。

みんながみんなそうと言うわけではないが、結構激しい雨でも傘を持たない人は多い。

実際、南国特有の天候なのか、雨はスコールそのもので、一定の時間に限られた場所で降る。

激しいときは、まさにバケツの水をひっくり返したようだから、傘をさしていたって、頭部以外はずぶ濡れである。

だから人々は少しの間、軒先で雨宿りするか、短い豪雨の中を突っ走る。

結衣子はそんな雨の風景に、物足りなさを感じている。

小さい頃から、この湿った憂鬱な季節を楽しむためのオシャレを満喫していたからだ。

おばあちゃんに買ってもらった、苺の模様の赤い傘や長靴。

中学、高校でも、柄や作りにこだわったものを選び、わざわざネットで取り寄せもした。

ネイルの専門学校に通ってからは、傘の持ち手にデコを施したりもしている。

その傘も、今ではアパートの傘立ての中で眠っている。

雨の日のオシャレ好きの結衣子には、不完全燃焼の日々だった。



昨年の秋から、専門学校時代の仲間と3人で沖縄に店を出した。

こじんまりとした、トータルビューティーサロンで、正樹がヘア、沙智がエステで、結衣子がネイルの担当だ。

地元に知り合いもなく、地域の事も良くわからずに開店に踏み切ったのは、単に若いエネルギーが溢れていたからか。

はじめのうちは、お客も少なく不安になったが、今ではオープンから夜まで、ヒマにならない程度には予約が入るようになった。

3人で店を出すにあたって、一つだけ掟を作ったものだ。

職場恋愛の禁止。

このメンバーで、色恋沙汰など、店が傾くのは明らかなのだから。

しかし、結衣子は掟を破った。

閉店後の店内で、清掃中の正樹と関係を持ってしまったのだ。

たまたま、早く上がった沙智のいないすきに・・・

別に結衣子は正樹を愛していたわけでもなんでもなく、雨のオシャレの不完全燃焼と同じように、躰の不完全燃焼を満たしたかっただけだった。

止められない、止まらない・・・のは、「かっぱえびせん」だけではない。

その後も、何回か二人は寝た。

流石に店内では気が引けるので、結衣子のアパートでだ。



梅雨も終盤になったとき、常連のお客様が素敵なレインコートを着てきた。

国際通りの、現代作家の工芸品を置いた店にあるらしい。

琉球紅型の模様がポップなデザインで入っていて、とても可愛らしい。

結衣子と沙智は、一目で気に入ってしまい、次の休みに一緒に買いに行くことにした。

お目当ての品は、すぐにみつかった。

二人は、同じデザインで色違いのレインコートを購入した。

結衣子は紅の紫陽花。
沙智は藍の紫陽花。

帰り道、スコールが降った。

ふたりは、笑いながら「待ってました!」とレインコートを着た。

そして、結局、中の服がびしょびしょになるまで、じゃれ合いながら帰路についた。



「泊まっていい?」

「うん、いいよ。うちの方が近いし。飲もうぜ」

沙智が、結衣子のアパートに泊まることになった。

二人は濡れた服を脱ぎ捨てると、洗濯機に放り込んで、風呂に入った。

ふたりで入ると、身動きがとれないような、狭い湯船に、冷えきった体を沈めて。

それから、鰹のたたきと日本酒で一杯やりながら、サロンや、将来について語り合った。

すると、洗面所の方から、ガタンガタンと大きな音がした。

「なに?」

「あー、洗濯機。最近調子悪いんだよね・・・」

結衣子は、面倒くさそうに立ち上がると、洗面所に向かった。

そして、いつものように一旦洗濯機のスイッチを切り、脱水を再開した。

いつもと違うことに気づいた時には、洗濯機は異常な振動を通り越し、跳ね上がっていた。

大きな鉄の塊は、猛り狂った獣のように躍動すると、壁に穴を開け、洗面台を割り、結衣子を潰した。



一部始終を沙智はみていた。

「私、知ってるよ。全部知ってるよ」







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