『サスケ‥』
愛しい甘い声が、自分の名を呼ぶ。
『ん‥ナル、ト‥』
こんなものただの夢だ。
そう考えながらも、心の底から込み上げてくる嬉しさを止められない。
ずっと好きだったのだ。
ずっと、こんな甘い声で名前を呼ばれてみたいと思っていた。
優しい口づけを受け止めながら、彼の背中にゆっくりと腕をまわす。
今だけは、彼は自分だけのものになってくれるのだと錯覚してしまう。
『すげぇ、可愛い‥』
ナルトは嬉しそうな笑みを浮かべながら、サスケの服を乱していく。
直に触れられたところが熱い。
すでに溢れる吐息は甘く、頭はぼんやりと何も考えられない。
『サスケ‥』
『‥‥ナル、ト‥‥ナルト‥っ』
「‥‥‥‥」
ゆっくりと目を開ければ、そこにはいつもの見慣れた天井がある。
「‥‥‥‥夢‥」
本当は現実だった、あの夜の夢。
そっと、自分の腹を撫でてみる。
ここに、今までずっと好きだった人と血を分けた命が宿っている。
自分が子供を、しかもナルトの子供を妊娠する日がくるなんて今でも信じられなかった。
『事情はサクラから聞いた。安定期に入るまで、サスケには休暇を与える』
妊娠を知らされてから数日。
五代目火影から休暇を与えられたサスケには、今まで当たり前だった任務がなくなり、とくにすることもなく退屈な日々が続いていた。
ふと部屋のカレンダーへ視線を向ける。
サクラの話では、そろそろナルトが任務から帰ってくる頃だった。
そして数週間後には、ナルトの火影就任式があるのだ。
就任式の後、彼に妊娠のことを報告しようと決めている。
ナルトがこのことを知ったら、どう思うだろう。
優しいあいつのことだから、大切にしてくれるだろうとは思う。
けれど父親としての義務だけで大切にされるのは正直複雑だった。
お互いに想い合う幸せな家族になりたい、なんて。
そう願うのはただの欲張りだろうか。
「ごめん、ナルト‥」
何の気持ちもない一夜の過ちの結果だったとしても。
それでも、何よりも嬉しかったんだ。
コンコン。
不意にドアをノックする音がする。
朝から誰だとドアを開ければ、そこには久しぶりに見る元上司の姿があった。
「よ、サスケ。調子はどうだ?」
いつもと変わらない笑顔のカカシは、五代目以外で唯一サクラからサスケの事情を聞いている。
「別に何ともねぇけど‥あんたが来るなんて珍しいな」
「あぁ、大して用があるわけじゃないんだけどね。暇なら代わりにサスケの様子見てこいって、サクラが」
「‥サクラも心配性だな」
小さくため息をつき、サスケはくるりと踵を返して家の中へ戻っていく。
「仕方ないでしょ。お前は初めての妊娠だし、一人暮らしだし」
上がってこいという無言の合図に気づいたカカシは、小さくお邪魔しますと呟きながらサスケの後に続く。
「あ、これ差し入れね。お前甘いもんあんまり好きじゃないかもしれないけど、つわりの時期には喉に通しやすいものがいいってサクラが言ってたから」
「‥あぁ」
そう言って渡されたビニール袋の中には、果実ジュースやゼリーが入っていた。
「そういえば、さっき火影邸でナルトに会ったよ」
唐突なカカシの言葉に、ジュースやゼリーを冷蔵庫に仕舞っていたサスケの手がぴくりと反応する。
「昨夜任務から帰ってきたみたいでね、今日はこれからチームメイトで任務の打ち上げなんだって言ってたよ」
「‥‥‥そうか」
『ナルトが帰ってきた』
カカシがわざわざこの家までやってきた一番の理由をサスケは悟る。
この元担当上忍もまた、無関心そうに見えて意外とお節介なところがある大人だった。
「余計なことなんか気にせず、さっさと言っちゃえばいいのに」
「このことは時期がきたら俺から話すって決めた。あんた、勝手にあいつに余計なこと言うなよ」
「はいはい、分かってるよ。‥でもさ、その時期まで上手くあいつに隠し通せるかな」
「‥どういう意味だよ」
「ほら、あいつって何だかんだ言ってもたまに鋭いところあるから」
サスケ限定で、だけどね。
どこか意味深にそう呟くカカシに、本当はあいつに何か言ったんじゃないのかと疑いたくなる。
もともと互いに忙しい身だったため、数週間くらい会わないことなんて当たり前だった。
サクラやカカシ、五代目が口を滑らせないかぎり、あいつに知られることは絶対にないはずだ。
今は何事もなく、予定通りにあいつが火影に就任さえしてくれれば、
それだけでよかった。
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次回こそはナルト視点で‥!