『俺は、サスケが好きなんだ』
その言葉とともに重なったのは、唇。
他でもない自分と、相手の唇、だ。
何だ、これは。
サスケの頭は真っ白だった。
目の前にある顔は、紛れも無く生徒のもの。
先ほどまで勉強を教えていた生徒のもの、である。
何故?
何故こうなった?
白くなったままの頭で、サスケは必死で考える。
しかしそんな間にも、ナルトの口付けは続く。
ナルトの肩を掴み、手で押し返そうとするが、逆にその手を掴まれ引き寄せられてしまう。
サスケが吐息を漏らすたび、口付けはどんどん深くなっていった。
無意識にナルトの制服をぎゅっと掴んだサスケを見て、ナルトは恍惚とした表情で呟く。
「‥やっぱ、サスケは可愛いな」
「‥‥っ‥」
生徒に言われる恥ずかしさに、サスケは顔を真っ赤に染める。
そんなサスケにクスリと笑みを浮かべながら、ナルトは重ねていた唇を離した。
「‥何の、つもりだ‥」
やっと解放されたサスケは、相手が生徒であろうと容赦なく彼を睨む。
ナルトは小さなため息をつき、ただじっとサスケを見つめた。
「さっき言っただろ?サスケが好きだ、って」
「‥好きって‥何だ‥」
「好きは好きだってばよ。もちろん、恋愛のほうの」
「‥‥お前、教師をからかって楽しいか?」
サスケがそう言えば、ナルトは思いっきり不機嫌そうに眉を寄せる。
「何でそうなるんだってばよ‥。俺が嫌がらせで男にキスするとでも思ってんのかよ!」
「‥‥‥」
「本気で好きだからに、決まってんだろ‥」
そう言って、ナルトはサスケを優しく抱きしめる。
サスケの頭は、まだ混乱していた。
自分は教師で、相手は生徒。
そして、それ以前に自分たちは男同士で。
目の前の生徒は、何故こんなにも必死そうな表情をするのだろうか。
まるで縋るかのように自分の肩へ顔を埋める彼に、サスケはますますどうすべきなのか分からなくなっていた。
「‥うずまき‥」
この状況をどうにかしようと、サスケはナルトの名を呼ぶ。
名を呼べば、肩に埋められていた顔がゆっくりと上がり、視線が合わさる。
「ナルト、だってばよ」
「‥?」
「ナルトって、呼んで」
じっと見つめられたまま、背中にまわる彼の腕に力が込もる。
自分は、この瞳を知っている。
あの、瞳だ。
『俺は、後悔したくないんだ』
前にそう言った時の彼と、同じ瞳なのだ。
逃がさないと、言われているような気になる。
「なぁ、サスケ」
促すかのように、耳元で、名を呼ばれる。
いつもより、低い声。
声も、あの時と同じだ。
「‥‥っ‥」
まるで誘惑されているようで、体がゾクリとする。
ありえない。
こんなの、ありえない。
あって、たまるか‥。
ふと気付く、廊下に響いている誰かの足音。
「‥‥っ!!」
咄嗟に我に返ったサスケは、力いっぱいナルトを突き飛ばす。
「‥うわっ」
ガタン、と音をたてて、足元がぐらついたナルトは、床に尻餅をついた。
「何やってんだ?ナルト‥と、サスケ?」
足音の主だと思われるシカマルが、教室の入口から不思議そうにこちらを覗いていた。
「あ‥えと‥サスケにさ、勉強を教えてもらおうと‥」
「‥ふーん、そうかよ」
そう呟いたシカマルが、横目で自分を見た後、ほんの一瞬だけニヤリと笑みを浮かべたのを、サスケは見逃さなかった。
まさか見られたのか!?と、サスケは内心どきりとして固まる。
誰かに見られて、変な噂が立つなんて冗談じゃない。
もともと自分は人の噂を気にするような性格ではないが、代理の教師としてまだ残り1ヶ月半あるのだ。
もしもそんなことになったら、自分は教師としての信用を失ってしまう。
それだけは、何が何でも避けたかった。
サスケが動揺しつつ考えている間に二人の会話は終わったらしく、シカマルは机の中から教科書を取り出して教室を出て行くところだった。
「めんどくせぇけど、勉強頑張れよ」
「おう。お前もな、シカマル」
「あぁ」
そう言って、シカマルはさっさと教室を出て行った。
それを見送ったナルトがこちらへ視線を向ける。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
再び二人になったナルトとサスケ。
二人の間には、ただ重い沈黙が広がるばかりだった。