「‥‥あんた‥」


木の葉学園中等部の前。

昨日の少年が校門を出るのを見つけ、ナルトは声をかける。

まさか来るとは思っていなかったんだろう、彼は呆然とした様子で立ち止まった。


「ちょっと、いい?」

学校の近くにある公園を指しながら問えば、少しの躊躇いの後、彼は小さく頷いた。







「あのさ、名前‥聞いてもいいか?」

公園のベンチに座り、一息ついたところでナルトは彼の様子を窺う。

ナルトの問いかけには、俯いて目を合わさないまま、うちはサスケ、という答えが返ってきた。


「サスケ、かぁ。えっと‥何年?」


「‥三年」


「じゃあ今年受験生?あ、このまま木の葉の高等部行くのか?」


「‥木の葉の高等部には、行かない。一週間後には‥中学も変わる」


「へ?それってもしかして‥あと一週間で転校するってことか?」


「‥あぁ。‥‥だから、安心しろよ」

そう言って漸くサスケは俯いていた顔を上げ、こちらに視線を合わてくる。


しかしその漆黒の瞳に、昨日と同じようなこちらを真っ直ぐに見上げる強い光は宿っていなかった。

今の彼は、何も望むことなく全てを諦めきったような、そんな悲しげな瞳をしていた。


「サスケ‥」


「もう二度と‥あんたと会うことはない。気持ち悪い思いをさせたかもしれねぇが‥そのうち忘れるだろ」


「え‥」


「‥じゃあ、な。これから早く家に帰って、引っ越しの準備をしなきゃいけねぇんだ」


「え、ちょ、ちょっと待てって‥!」

ベンチから立ち上がり、帰ろうとしたサスケの腕を慌てて掴む。

抵抗はされなかったが、サスケは再び俯いて目を合わせようとはしなかった。


「‥‥何だよ。まだ何か聞きたいことがあるのかよ」


「聞きたいことっていうか‥。あの‥‥お、俺の名前は‥うずまきナルト、だってばよ」


「‥‥」


「お前の名前は、聞いたけど‥俺はまだ‥‥名乗ってなかった‥しさ‥?」


「‥‥」


本当は自己紹介するよりも、聞きたいことは山ほどあった。

だけどそれを素直に彼に聞いてしまってもいいのか、それが分からなかった。
今の彼に何を聞いても、何故か傷つけてしまうような気がしたのだ。


ほとんど無意識に掴んでいた手を離す。
思ったよりもずっと白くて細い腕に、ナルトは余計に心配になってしまう。

ナルトが先ほどのベンチに座り直すと、暫くして、サスケもゆっくりと元の場所へと座った。



「‥あんた、何でわざわざここに来たんだ?」


「え?」


「普通‥朝いきなり好きだと言ってくる男なんて、気味悪くて二度と会いたくないって思うだろ。なのに、何でだよ‥?」


「‥あのさぁ。さっきからサスケ、俺がお前に対して気味悪いとか気持ち悪いとか思ってるって勝手に決めつけてるみたいだけど‥俺はそんなこと一度も思ってねぇよ?」

その言葉に、サスケが驚いたようにこちらを凝視する。

しかし、またすぐに目を逸らされてしまう。


「‥そんなバレバレな嘘つくんじゃねぇよ。俺に気を遣う必要なんてねぇんだ」


「嘘でも気を遣ってるわけでもねぇってばよ。確かにびっくりはしたけどさ。俺がここに来たのは、お前のことを知りたかったからだ」


「‥知りたかった‥?」


「そう。昨日のお前は見た目だけじゃなくて、俺を見上げる目がすげぇ綺麗だった。真っ直ぐで、強くて純粋な目をしてた。そんなお前を気持ち悪いなんて思うわけねぇってばよ」

あの漆黒の瞳に、思わず見惚れたのは確かだった。

あんな強くて純粋な瞳、他には絶対にいない。


少しでも信じてもらえるようにとナルトがニカッと笑ってみせると、それを見たサスケがほんの一瞬だけ泣きそうな顔をした。

安心させようとしたはずが、とうとう泣きそうになるほど傷つけてしまったのかとナルトは慌てた。

しかし次の瞬間、ナルトの心臓はかつてないほどに跳ね上がってしまった。


「‥ありがとう」


サスケが、一瞬だけ嬉しそうに笑ったのだ。

まるで、花の蕾が綻ぶかのような。
柔らかく、誰よりも美しい笑みだった。


何だよ、これ。

どきんどきんと、心臓がうるさい。
顔がどんどん熱くなっている気がする。


こんなにも綺麗に笑う人を、自分は今まで見たことがない。

そして、どうしようもなく可愛いと思った。


離したくないとも、思った。



「‥どうした?」

固まってしまった自分を不思議に思ったのだろう、サスケがこちらをじっと見つめてきたので、ナルトは慌てて顔を逸らした。


「な、何でもねぇってばよ‥。とにかく、俺はサスケを気持ち悪いなんて思わねぇし‥その‥できたら、この先もまたいつでも会いたいなって思う」


「‥‥」


「お前は転校しちまうのかもしれねぇけど‥いつかさ、またこっちに戻ってこいよ」


これが今の自分の、精一杯だった。


「何年経ってもいいってばよ。俺はサスケのこと、絶対ぇ忘れねぇし」

何があっても、ずっと待ってるから。


このどきどきする感情の名前は、今はよく分からない。

でもいつかもう一度サスケに会えたら、
その時には、分からなかった答えがすぐに出るような気がしたのだ。



「‥‥‥バカだな、あんた」


ほんとに、ただのバカだ。


バカだバカだと繰り返しながら、サスケはくすくすと楽しそうに笑う。

自分のほうが年上なのにバカにされたようで気に入らなかったが、それでも彼の笑みはやはり綺麗で、ナルトは見惚れて何も言えなくなってしまった。


「あんた、ほんとに俺のこと待ってるつもりかよ?」


「おう。またいつでも会いたいって言っただろ?男に二言はねぇってばよ」


「‥‥‥、そうかよ」


ナルトがきっぱりと言い切ってみせると、サスケは何か少し考えた後、今度は挑戦的な笑みを浮かべた。


「‥じゃああんた、俺が戻ってくるまで彼女作らずに待っててくれるか?」


「‥‥は?」


「あんたが彼女作らねぇって言うなら、いつか必ずこっちに戻ってきてやるよ」

彼女持ちの男のところになんかわざわざ戻る気はない、とサスケは言う。


「‥‥‥‥」


これから先、彼女を作ることなくサスケだけを想い、待ち続ける。

そんな寂しい人生冗談じゃない、と思いながらも、それでいつか再びサスケと出会えるなら安いもんかも、とナルトは一瞬でも考えてしまった自分に驚く。

もうすでに、彼は自分の中でかなり大きな存在となっているのだ。



「‥‥じゃあ俺‥、もう彼女は‥「別にいいぜ」

作らない、と言おうとしたナルトの言葉が突如遮れる。

驚いてサスケを見れば、彼のほうも何だか少し驚いているようだった。


「‥もういい。今のはちょっとあんたを試してみたくなっただけだ。あんた意外とモテそうだしな‥彼女作らないなんて、絶対無理だろ」


「そ、そんなことねぇよ!お前が望むなら、俺は他の女の子とは絶対付き合わねぇ!!」


「別にいい、無理しなくても」


「ほんとだって!サスケェ!!」


「次会えた時、もしあんたに彼女がいても‥いつか絶対奪ってやるって、もう決めたから」


真っ直ぐに見上げる、強い光が宿った漆黒の瞳。


『‥あんたのことが、好きだ』

あの時と、全く同じだ。


この瞳に捕われて、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥ってしまう。

どきんどきんと、相変わらず心臓の音だけがうるさい。



サスケ。


こいつにはもう、一生敵わないような気がした。













「もう時間だ。忘れ物はないか?」


「あぁ」


兄と車に乗り込み、サスケはぼんやりと外の景色を眺めた。

15年間過ごしたこの場所とも、今日で最後である。



ナルト。

最後だと考える度、やはり真っ先に浮かぶのはあの男だ。


『何があっても、ずっと待ってるから』

全てを諦めきっていた自分に、あの男はそんな夢のような言葉を言った。

自分の気持ちを否定することなく、真剣に受け取めてくれた。
本当に、嬉しかった。


この先何年経っても、いつか必ずあの男のもとへ。

そして、もう一度あの男へ変わらない想いを伝えよう。


次に再会する時もしもあの男が自分を忘れてしまっていたら、思い出すまで何度でも殴ってやろう、とも心の中で密かに決めて。


サスケは金髪のあの男とこの町に、一時の別れを告げた。





 end





――――――――――

長らく放置しちゃってすみません‥!
これで『恋が芽生える音』は完結となります。

最後まで読んでくれた方、連載中拍手してくれた方々、本当にありがとうございました〜!!<(__)>


↓以下今後妄想(いつもの余談)

今後、ナルトが彼女を作ることはもちろんなく、周りの友人たちに心配されながら頭の中はいつもサスケのことでいっぱい。
他の女の子なんて全く見えません。

そして4年後(意外と早いですが)、木の葉の大学に入学してきたサスケとついに再会。
4年間で想像以上に大人っぽく色っぽく成長してしまったサスケに、ナルトは改めて一目惚れ。
どきどきしっぱなしで、一応年上なのに全然余裕なし。

緊張しながらもお互い気持ちを伝え合って、その後は二人のラブラブ大学生活が始まるのですv




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