英雄哀歌
運命とは思いがけない時に告げられるもの。
英雄が手繰り寄せられるように出会ったのは、さるブルネットの少女だった。
英雄と云うのは、遥か遠き日に亡くなった騎士を云った。
彼が剣を振るい弓矢を放てば戦場は赤く染まりゆき、彼が率いた軍が勝たぬはない。
王よりも尊い神を見るまなざしで、人々は彼を見つめていた。
「英雄? そんなもの辞めてしまったら」
英雄を英雄とは決して呼ばないブルネットの少女は笑った。
「じゃあ私は何になればいい」
「花売りになればいいわ。綺麗な花を売るの」
くるくる回りながら彼女は答える。
彼女は仕草がとても愉快だ。
「ころすんじゃなくて、育てるの」
「花を?」
「命よ」
「花は生きてない」
「馬鹿ね。生きてるわ」
少女は華奢な腕を英雄の身体に絡めた。
互いの心臓の音がきこえるくらいにぴったりと引っ付く。
「あなたとおんなじに」
英雄はつめたい泪を知った。
ブルネットの少女に教えられた。
英雄が泣いていたとき、彼女はうたった。
英雄はあたたかい愛を知った。
ブルネットの少女が教えた。
彼女が泣いていたとき、英雄は優しく口づけた。
しずかに溺れてゆく。
戦が再び起こった。
英雄は、剣をとらなかった。
その腕は少女を抱いていた。
だから人々は彼女を殺した。
そうすれば英雄はまた勇姿を見せてくれるだろうと。
しかし英雄が、二度と剣を振るうことはなかった。
戦わない英雄。
人々は皆、彼を見なくなった。
かつての英雄は薄れていく、古い本のインクが掠れていくように。
英雄は泣いた。
彼に歌を聞かせてくれるひとは、もういない。
英雄はあの愛しかったひとの代わりにうたった。
哀しい歌を、彼女に口づけた唇で。