何番目だっていいよ。
好きな気持ちは変わらない。
『9回の裏』
君は、小さい頃から野球馬鹿だった。
暇さえあればいつも、野球野球って、やらなくちゃいけない宿題も普通子供たちが好きなテレビや漫画も興味を持たないで
ただひたすら、突っ走ってた。
それを、ずっと見てきたあたし。
幼馴染で小さい頃から本当にずっと一緒だった。
君の脳の中はいつも野球だったから、ルールすらちんぷんかんぷんのあたしに毎回野球について熱く語ってた。
いつの間にか、君を好きになってた。
野球の事にしか興味を持たない、ただの馬鹿なのに。
その一生懸命な背中を見るのが楽しくてしょうがなかった。
あたしも、きみと同じで勉強が得意じゃない人種だったから、野球の事本で読んでもよく理解できなかったし
テレビで見ててもさっぱりで、いつも君に怒られてた。
それでも、楽しくて。
高校に入ったら、君は余計に野球一筋になってしまって、あたしのことなんて忘れちゃってたんじゃないかな。
毎日毎日、朝から晩まで野球漬けだった。
そんな君が、甲子園に出ると聞いて驚いた。
確かに入ったのは地元じゃ名門の高校だったし、昔から
「絶対甲子園に出る!」
なんて意気込んでいたけど、まさか実現するなんて思わなくて。
誰よりも、喜んだ。
そして、自分の中で決めてた。
君がもし勝ったら、告白しようって。
普通は、君がそう思うものなのかもしれないけど。
どうせ君の事だから、恋愛感情なんてわかんないだろうし。
自己満足みたいなものだった。
ただ気づいて欲しかった、あたしの気持ちに。
甲子園が始まり、君にとっての一回戦。
相手は、優勝候補と呼ばれる、強豪校だった。
野球のルールも分からないあたしにはそんなこと、知る由もなかったんだけど。
あたしは、家でテレビを見ながら応援することにした。
だってその場に行っても、あんなに広い球場で君を見つけられる自信がなかったから。
サイレンがなり、試合が始まった。
驚いたことに、君はピッチャーだった。
幼馴染のくせに、君のポジションすら知らなかった。
ピッチャーくらいなら、球場でも何とか探せたのに、と少しばかり後悔したけど。
試合は、悲惨だった。
優勝候補と呼ばれるだけあって、攻守ともに完璧だった。
すぐに点数差をつけられてしまい、勝ち目はなかった。
勝てない、みんな諦めてた。
君だけは、違ったのだけれど。
あっと言う間に9回裏。
ツーアウト、出塁無し。
運命とは残酷だ。
バッターは、君だった。
打席に入った君の瞳は、いつもよりも輝いて見えた。
不覚にも格好いいって、思った。
「打って…。」
自然とこぼれる、言葉。
「頑張れ。」
みんなが諦めても、あたしは諦められなかった。
あと何点入れなくちゃダメだとか分かるはずもなかったけど、とりあえず打てばなんとかなるって思って。
君の目は諦めてないから、あたしも諦めちゃダメだと思った。
相手のピッチャーはコントロールが良く、すぐにツーストライク。
『あと、一球。』
球場にコールされる。
テレビに、君の顔がアップで映し出される。
君は、真剣な眼差しで、でも楽しそうに笑った。
相手ピッチャーが投球フォームに入る。
君は短く息を吸い、狙いを見定めた。
あたしはテレビの前に正座して祈るように手を握った。
投げる直前、あたしはぎゅっと目を瞑ってしまった。
なぜか見れなかった。
パシンと乾いた音がした。
君は大きくバットを振り抜いた格好で止まった。
「ストライーク!ゲームセット。」
審判の声に気が抜ける。
君は、負けた。
優勝なんて夢のまた夢。
チームメイトは泣き崩れ、応援団も一気に静かになった。
君は、清清しい顔だった。
「悔いはありません。」
君は、そうインタビューに答えたそうだ。
あたしは、負けてしまったのに笑う君を見て、思わず君の携帯に電話をかけた。
10回ほどかけた時に、やっと君が出た。
「もしもし。」
『おう。』
後ろからはすすり泣く声が聞こえる。
「お疲れ様。」
『見てた?』
「うん、家でだけど。」
『そっか。』
「凄かったよ。」
『俺達の負けっぷりが、だろ?』
「違うよ。」
『分かってる。』
君は笑った。
負けた事なんて感じさせないほど、楽しそうに。
「あのさ。」
『ん?』
「本当は、勝ったらいおうと思ったんだけど。」
『何だよ。』
「好きだよ。」
『何が?』
「君が。」
『俺?』
「うん、野球してる君が好き。」
また君は、笑った。
「何よ、可笑しい?」
『ううん。嬉しいよ。』
電話越しに、サイレンがなる。
次の試合が始まったのだろう。
『でも、俺は野球が好き。』
「知ってる。」
期待なんかしてないよ。
見てれば分かるもん。何年も一緒にいたんだから。
『俺、野球以上に好きなものできる気がしなくてさ。』
「わかってる。」
全部知ってる。
「だって、そんな君が好きなんだもん。」
『なんだよ、それ。』
幼い頃から、君は野球ばかりだった。
そんな君を見つめ続けてた。
野球してない君なんて、君じゃないんだ。
「いいの。一番じゃなくても。」
『俺、お前の気持ち応えられねえよ?』
「最初から、望んでない。」
『馬鹿だろ。』
「君に言われたくない。」
『ばーか。じゃあ、そろそろ行かなきゃ。』
「うん。」
『…ありがとな。』
切られた電話。
ディスプレイをしばらく眺める。
これでよかったのか、
そんなのわかんない。
でも、ただ思うのは
君が、
野球してる君が
好きで好きでたまらないって事。
End.
(こいのげーむは、えんちょうせんとつにゅうのよかん。)