たとえ愛情がなくても3
 2012/02/18 Sat 19:49

※病み&暗い、注意
続き物




窓の外はどんよりとした雲が夜空を覆い、今にも泣き出しそうだった。
鉛の体をゆっくりと歩く廊下には誰もおらず、明かりもどこか薄暗い。扉の前に立ち止まり、重たい腕を持ち上げ、ドアノブに手をかける。重い扉を横に引くと診察室の椅子にどっしりと構えた先生が座っていた。あの時。彼女がここに連れて来られた時と同じように。


「退院の時期は変わらず…でよろしいですか」

「…えぇ」

ギシリ、と音をたてながら背もたれのない椅子に座る。

本当は逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。
自分にはもういっぱいいっぱいだった。

その事実を見透かされるのが怖くて先生の瞳はおろか、顔すら合わせる事が出来ない。今の自分には先生から発する言葉の中にナイフが隠れていて、いつでも自分を刺してくるような脅しのように思える。重たい空気に耐えられず全身がグラグラと揺れているようだ。


「残念ですが、彼女の左手は後遺症として残るでしょう。精神的面は私は専門外なので…申し訳ありません。」

「い、いや…」

「一応、精神関係の病院を後日紹介します。彼女の状況次第で判断をお願いします。」

「…。」


判断。

正しい判断を俺は、選ぶ事が出来ているのだろうか。考えたくない事ばかりが渦巻いて、吐き出す事も出来ない。
いっそのこと、逃げ出したい。








「辛い、ですか?」

「…ぇ、」

「今なら手放せますよ、彼女を。
今しか、出来ないと思います。

逃げるなら。」









視界がグラリと歪んだ気がした。


*







好きだった。
その感情に対して嘘偽りを思った事はなかった。

1つの笑顔で沢山の元気を貰った。
それだけで、また次も頑張ろう、とただ純粋に思った。

会うのが喜びだった。
本当に、嬉しかった。

大人と子供という壁を理由に自制心を保っていた事もあった。
それも仕方ない事だと言い聞かせた事もあった。

全て彼女を思ってこそだった。
自分を守っていただけなのかもしれない。


ただ、その思いが彼女を傷つけていたならば。
俺は、




*



「、誰…?」


小さな音をたてて扉を開けた先には彼女のベッドがある。見慣れた光景のはずが、何だか違うように見えた。彼女は膝を抱えるようにベッドにいた。


「しぇ、ぞ…」


消え入りそうな声で呟いた声が聞こえる。酷く怯えるような瞳でこちらを見た。


「もぅ、来ないかと思ってた。」

「、」

「絶対嫌われたって思ったの。もう終わったって、思っていた。でも、もう、終わった…んだよね。そう。うん…そうに決まってる。」

「…、」

「ごめんなさい。私、シェゾの重荷になっちゃった。ならないって決めたのに、しちゃった。ごめん。ごめんね。ごめん、なさい。」

ポロポロと瞳から涙が溢れている彼女は酷く苦しそうで、そうしてしまった自分に酷く嫌悪したくなる。守ってあげようと心から誓った約束を守れなかった。守れなかったのだ。無力な自分には、彼女を守ってあげることも。
出来ない、のか。

たまに見えるキャラメルのような甘い綺麗な色をした彼女の瞳は今は赤く充血している。ユラユラと揺れる瞳は焦点があっていないようで俺を映していないようだった。

嗚呼、どうして

どうしてこうなってしまったのか。


愛して、いたのに。



「レム、レス。」

「っ、ごめんなさい。ごめん、なさい。もう、もうしないから。だから、だからもうここには、」

「レムレス。」

「シェゾ…もう、」









「結婚しよう。」

「…ぇ、」

「指輪は、今は、ないけど、今度、改めて言うから。」

「しぇ、ぞ……?」



「俺、はお前と一緒にいたいんだ。」









これがせめてもの償いとなるのなら俺は全てを渡そう。
俺の責任として、全て背負ってみせよう。
その先に、幸せがなくても。




たとえ、愛情をなくしたとしても。




*

続く

歪む先にあるものに彼は全てを受け入れるだろう。







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