たとえ愛情がなくても2
 2012/02/18 Sat 18:52

※グロ&病み注意
続き物





「彼女、は…レムレスは…」

「命に別状はありません…ただ精神的なショックが大きいため…目覚めた後、精神状態が不安定のため大きな衝撃や無理な行動は避けた方がよいかと。」


「…そう、ですか」


シン、と静まった空気は酷く冷たい。建物全体からするアルコールの独特な匂いが前の自分とは無縁だったものだと語っていた。

時間はもうすぐ10時になりそうだった。
俺は広くもなく狭くもない個室で先生と向かい合って座っていた。
同じ"先生"なのに、どうして自分はこんなにも頼りがないのだろうか。


「えっと…ご兄弟か何かですか?」

「…恋人、です」

「………、彼女に無理をさせたと、そういう経験ありますか?」

「無理…?」

「例えば…一方的な暴力、とか」

「っ、してるわけ…!…な、んでそんな事、なんで…なん、で」





「…聞いていませんでしたか?」

「え、」



「彼女…、」







*



規則的な呼吸をして寝ている顔はまだ少し青く、先程の事の程度の重さを語る。
面会の時間は過ぎているけれど、個室っていう事と彼女が目を覚めた時に側にいるように、という医者からの配慮で俺はまだ病院にいた。

あれから随分と時間がたち、もうすぐ日付が変わる時刻だ。
仕事は明日はいけないと連絡を入れたため、私生活には問題ない。ただ、この虚無感だけは。
やるせなさがこんなにも悲しい事とは想像もつかなかった。
先程の会話からの安堵とショック等で複雑に絡み合った感情はモヤモヤと心はの隅に残っている。

瞳を閉じて寝ている彼女はまるで死人のようだ。白すぎる肌をしている。身動ぎも1つもしない。
ただ機械のように呼吸をしているだけ。
誰かが、死人の顔がまるで寝ているようだ、と言った。ならば、この顔は、彼女の顔は死人の顔なのだろいか。こんなにも表情のない、顔は。




いや。そんなこと、よりも。

こんなにも変わってしまった彼女が切なかった。辛かった。
会う度ただ側で笑ってくれた彼女が。狂ったように今では表情すらない。

何をそんなに思い悩んだのか。
何が悪かったのか。
俺が何かしてしまったのか。

いや、もしかすると…、






「…、……ェゾ…?」

「…レ、ムレス」


「あれ…ここ、どこ?何でここにいるの…?」



「…」


電気がぼんやりと照らす部屋で、俺はゆっくりと彼女を抱き締めた。










*



昼の病院は相変わらず静かだけど、どこからか聞こえてくる喋り声や日差しが窓から差し込み少し温かみを感じる。夜に来た時のあの静けさから生まれる恐怖とは違う。あの時は違う恐怖があったのも原因だが。


1週間たった。あれから1週間。

もう、と言うべきか、やっと、と言えば良いのかわからない。
ただ、少しずつ彼女は取り戻し始めている。平穏を。普遍的な日常を。
積木が形は歪だがゆっくりと積み上がってきている、そんな感じだ。
俺はそれを他の障害から邪魔されないよう、見守って、助けてみせよう。いつか、完璧に積み上がるまで。




「…シェゾ!」

「体調はどうだ?」

「大丈夫…みて、クルークたちがケーキ焼いてきてくれたんだよ!」

「へぇ」

「手作りなんだって…ちょっと形悪いけど、ね」

「言ってやるなよ」

「ふふ…嬉しいなぁ」



「…帰ったのか?」

「うん…恥ずかしいって言ってね。今度ケーキ一緒に作る約束したんだ。」

「なら味見してやるよ」

「シェゾは味にうるさそうだなぁ」

小さな個室には2人しかいない声がよく通る。隣でクスクスと笑う彼女はもうあの頃と同じだ。
側にある椅子を引っ張り彼女のベッドの横に座る。
目線が彼女と同じになると目に入る、白。白い包帯。その下は今は青くなってしまっているのだろうか。白い彼女の肌は。


「…もうすぐ退院だそうだ」

「…本当?」

「あぁ」

「…」

「これでまた戻れるさ、日常に」













「嫌、」

「え?」

「いや、嫌…嫌よ。また戻る…なんて、」

「レムレス…?」

「私、ここに…まだこのままでいたい…だめ…?」


小さな手が俺の手首を掴み、眉を下げ訴えるように瞳が俺を見る。体も少し震えている。

何が彼女をそんなに掻き立てるのかわからなかった。
今、彼女が何を思っているのかわからなかった。
何を、俺に伝えようとしているのか、わからなかった。

気づけば乾いた音が部屋に響いていた。俺が、初めて彼女に手をあげた音だった。



「っ、」

「どうして…そんな事言うんだ」

「し、」

「子供みたいな事を言うんじゃない…もう、お前は立派な大人だろう。少しは理解しないと…」

「…」

「…レム、」



「わかろうとしないのは君じゃないか!」


キン、と病室が悲鳴をあげた、気がした。
彼女は息を荒くして俺の手首を強く握る。彼女の形の綺麗な爪が食い込んでいる。じわじわと痛みが襲う。

痛、い。





「私…私はもう嫌よ。あんな生活。暗い、あんな思い。シェゾ…最近メールも電話もくれなくなった。仕事が大切ってわかってる。私がまだ子供でシェゾは大人で。忙しさとか、全然違うのは知ってる。会えないのも、わかってるの。わかってるけど、寂しいの。苦しいの。ずっと…ずっと一人。もう一人は嫌。嫌。嫌ぁ…」



「お前血が…今、医者、を」


「やだ。やだやだやだやだいやだ、嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。
シェゾどこにも行かないで。お願い。もう…もう一人にしないで。そばにいて。お願い。怖いの。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
シェゾ…しぇぞぉ」


崩れたように言った彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃで冷静さなんて見当たらなかった。
俺はどうしたら良いかなんてわからなかった。



手首を握りしめた彼女の左手首はじんわりと赤く染まっていた。


あの日、彼女自ら行ったリストカットした左手首は。














その日、彼女はさらに左手首を切った。


*

続く

ヤンデレムレス



H23.09.04...作成
H24.02.18...訂正




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