二足歩行する野生
 2013.03.09
 
 
 
福←荒



返事なんて最初っから分かりきっていたことだった。厳しいお前は本当は不器用で優しいやつだから困らせたくなくってそれでいつも後ろにいた。

最近は気温が下がって、夕方だと少し肌寒く感じる。そろそろカーディガンでも出そうか。でもどこにしまったんだっけ。とりとめのないことを考えながら校舎を歩く。夏が過ぎ秋の半ばとなった今、部活に勤しんでいた三年生はすっかり受験モードにシフトしていた。みんな塾だ予備校だなんだと、慌ただしく終業のチャイムがなると同時に学校から出ていく。残っているのは推薦などでさっさと進学を決めた荒北などの生徒や、なにがしかの理由がある生徒だけだった。目的地に到着し、ドアから教室を除く。中には数人の男女がいるだけで、お目当ての人物はいなかった。

「おーい、福ちゃん…福富知らねぇ?」

ドアを叩いて注意を引く。振り返った女生徒数人が顔を見合わせて首を振る。知らないらしい。

「わかった。あんがとな」

「あっ荒北!」

踵を返そうとした荒北に一人の男子が声を掛けた。 
「福富って確か掃除当番だったからごみ捨て場の方行ってみれば!」

「わかった、さんきゅ」

名前を忘れた男子に手を振って、荒北は元来た道を戻っていく。そうか、ごみ捨て場。思い付かなかった。道中自販機であったかいやつ、あったら買おうと荒北は階段を降りる。

 
 
 
「福ちゃんみーっけ」

「…荒北?どうしたんだ」

「一緒に帰ろっかなーってサァ」

男子生徒の言葉通り福富はごみ捨て場にいた。一人でぎっしり中身がつまったごみ袋を手にしてしゃがんでいる。…一人?

「…おんなじ当番のやつ、いないの?」

「予備校があるからといって帰った」

福富は荒北を一回だけ見て、すぐに自分の作業に戻った。ごみを大まかに分けている。福富の隣にしゃがみこんでその作業をじっと見つめる。

「真面目だねェ福ちゃんは…手伝おうか」

返事を待たずに福富の手からごみ袋とトングをかっさらった。突然手の中からなくなったことにきょとんとするとすぐに荒北の方を見る。気にしていることが分かる視線に荒北は笑った。

「すまない荒北。…迷惑をかけるな」

「迷惑なんかじゃないって………ねェ、福ちゃん」

風が高い音を鳴らしながら吹き抜ける。瞬間的な寒さに二人そろって体を震わせ、顔を見合わせる。わずかに笑う。

「……迷惑っていうならさ。…俺も迷惑かけて、いい?」

目の前で揺れる金髪は、夕日に照らされてオレンジ色に光っている。眩しい金髪はいつだって鮮やかに光っていたと荒北は思い出した。うつくしい。うつくしい。ああ。

「俺さ、福ちゃんのこと」

「好きだよ」

福富の目がまんまるに開かれる。反応からみて福富はしっかりその意味を受け取ったようである。そして、理解った以上わざととぼけるようなことはしないだろうと荒北は分かっていた。この男はひどく真っ直ぐだから。不器用だから。

だから、支えたいと、思っていた、のに。

「荒、北。−−俺は、」

「福ちゃん!!」

声を荒げて福富の言葉を遮る。びくりと肩をはねさした福富の、戸惑った目が荒北を貫いた。それを受け止めて、口を開く。

返事なんて最初っから分かりきっていたことだった。厳しいお前は本当は不器用で優しいやつだから困らせたくなくってそれでいつも後ろにいた。でもせめて最後くらい、傷をつけてもいいだろうか。



分かっていると荒北は首を振って、そして、

「――ウン」

精一杯の淋しそうな演技をした。





 
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