腕を大きく上げて背伸びの運動から
 2013.06.05
 
 

恬信

!高校生

『さあ、各選手一斉にスタートしました!』

スターターピストルの雷管が弾け、パアンと鋭い音がグラウンド一帯に響きわたる。瞬間、両手を地面につき、腰を上げて静止していた全6レーンの選手が走り出し、放送席の生徒も負けじと実況を始めた。

「おお、あいつはええ」

「あの2レーンの子?」

「そうそう」

他の生徒達が競技場所と生徒席を区切ったロープギリギリまで詰め寄せ、有らん限りの声を上げ応援しているのに対し、信と蒙恬はだらりと自身の席に座って話していた。

「てかさ、応援しなくていいのー」

「俺は今力溜めてんだからいんだよ…いけー赤、負けんなー」

「うーわひっど、しっかりしてよ団長」

非難する口振りではあるものの、けらけらと笑う蒙恬の脇腹に肘を突く。お前こそ応援してろとの信の言葉に、俺団員じゃないしと蒙恬はさらりとかわした。

この体育祭は三学年入り混じって赤、青、黄の三色に振り分けられ、蒙恬と信はその中の赤組に所属している。なおかつ信は二年生ながら応援団団長に任命させられている。そのため、彼の椅子には応援合戦で使用した長ランが掛けられていた。ちなみに、蒙恬は三年だが委員会の仕事も無ければ組幹部でも応援団員でもない、完璧なるヒラ組員だ。

「あ、青一位になりそう」

「なにィ!!?」

それまで適当に話したり食べ物を摘んでいた信が、蒙恬の一言で勢いよく立ち上がった。

「おい!赤ぁ!青にだけはぜっっってぇ負けんな!!」

怒鳴り声と言っても過言ではない大声に、近くにいた生徒が肩を大きく跳ねさせ、信を見た。蒙恬は予想していたらしくすでに耳を塞いでいる。それでも眉間にしわを寄せうるせーとぼやいているが。

「オイそこだ行け王賁のとこにだけは負けんなイケる大丈夫だ平気だお前ならイケるって勝てる……あーーーーー!!!」

お前、修造かなんかか。
蒙恬が横目で騒がしい後輩を見ていると、断末魔のような声を上げて崩れ落ちるかのように椅子に座りこむ。

『やりました、青組一位です!』

実況の一言と同じタイミングで隣りの青組席がどおっと盛り上がる。歓声とハイタッチの音が高らかに響くなか、信は背中を丸めて大袈裟なほどうなだれていた。

「ちょ、へこみすぎだって。体育祭まだ終わってないぞー。……あ」

『ただ今より、色別リレーに出る生徒は招集場所に来てください。繰り返します…』

「ほら信、俺たちの出番だぞー。これ、王賁も出るからさあ、そこできっちり借り返そ。力溜めてたんでしょ」

信の手を引いて立ち上がらせて、そのまま連れていく。グラウンドではすでに次の競技が始まっていた。

「…おい蒙恬、手」

「多人多脚懐かしいな〜もうやりたくないけど」

「聞けや」

調子をすでに戻している信(半分演技だったが)は、己の手を握ってはなさない蒙恬をたしなめる。
合図とともに大勢が一斉に走り、もうもうと砂煙があがった。細かな砂粒は風に運ばれて剥き出しの肌やジャージにくっ付いて、不愉快なザラつきを生む。

「誰も見てないって」

「誰もさ」

手の力をゆるめるが、離すことなく器用に指を絡めて繋ぎなおした。
そういうことを言ってるわけではないのだが、きっと言っても離さないのだろう。信は蒙恬のなすがままにした。そういえば、前にもこんなことがあった気がすると思いながら。






 
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