おもちゃの兵隊
2013.05.29
恬信
!しばらく未来
!死ネタっぽい
息を吸う、吐く。それだけの『生きている』だった。生命力に溢れた瞳も、みんなを活気付けるでかい声も、今はすっかり成りを潜めて、上下する胸の下に隠れている。信の眠る部屋には小柄な副長とか軍師を筆頭に、飛信隊の隊士たちの姿がいつもあった。それ以外にもたくさんの人がこの部屋を訪れて、眠り続ける信を見て、そして帰っていく。その中にはなんと大王様もいたっていうんだから、全く信、お前ってやつは、すごいというか、末恐ろしいというか。どこでそんなコネ作ってきたんだ。おい。
「や、軍師ちゃん」
信の部屋の扉を開けると、そこには奇怪な被り物に身を包んだ少女がいた。手を上げて挨拶すると、向こうも返してくる。その隣に座り込む。
「…信の様子、どう?」
首をゆるりと、横に振る。
「…変わらない」
「…そっか」
信が戦で致命傷とも言えるような怪我を負ってから、もう三日目になる。戦自体はもうほぼ自軍の勝ちで決着が着きかけていたところ、大将との戦闘中、背後からの敵の矢を食らってしまったようなのだ。俺はその場にいなかったから詳しいことは分からないけれど、信らしいっちゃ信らしい失敗だった。
彼女は小さな白い手をぎゅうと握りこんで、いたそうな顔をした。視線は一心に信に注がれている。
女の子にこんな顔させるなんて、信、お前男として失格だぞ。思ってみたところで信が目を覚ますわけではなく、しばらく無言の時間が続いた。
「…なあ、なんであんた、こんなに信のところに来るんだ」
呼吸音だけの静かな空間が、突如として破られる。彼女の、意志の強い目が向けられていた。
「大した理由ないさ。一応、同期だし。それなりに仲良かったつもりだからさ、…このまま死なれるのは、ね」
「…そうか。悪いな、突然こんなこと聞いて。…オレ、包帯の換え貰ってくるからさ、悪いついでに信のこと見といてくれるか?」
「…いーよ」
ありがとう、すぐ戻る。そう言い残して、扉がギイイと軋んだ音を立てて閉まった。一人に、二人きりになる。
「おうい、信」
呼びかけても、当然だが返事は返ってこない。
「お前さあ、なにやってんの、本当。…部下にあんな顔させちゃあダメでしょ」
まるで、信が死んでしまったかのような、飛信隊隊士はそんな顔をしていた。士気も何もあったもんじゃない。
土気色の顔に、手を這わす。
「それにさ、信。俺はお前の意志なんか継いでやれないぞ」
『なあ蒙恬、俺の名前って、どこまで知られてるかな』
信の言葉が頭をよぎった。あの時はまた、別の戦場にいた。
『さあねー、自分で聞いてみたら?信っていう武将を知ってるかってさあ』
『ぶはっ、んだそりゃ。聞いてるうちに名前が薄れるっつーの』
信が吹き出して、俺もまた笑った。人が死んでいく場所だっていうのに、その時間だけは妙に楽しくて、記憶にこびりついていて。
「俺にもやんなきゃいけないことが、ある」
「…お前、こんなとこで寝てていいのか。こんな間抜けな死に方で、いいのかよ…っ」
俺も、信も。死ぬならきっと戦場だと思っていた。それがこんな所で終わるなら。終わる、くらいなら。
「おい信!」
いっそのこと俺が今剣を抜いて、その心臓に突き立てた方がよっぽどいい気がした。
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