夏のおとずれへ



太陽が庭の縁を照らす、抜けるほどの晴天。

木々が茂る暗がりから白地に墨を垂らしたような着流しの男が、夏の庭に足を踏み入れた。

「こんにちは」
縁側に座る幼子が言う。
「やあ、こんにちは。その年で正しく挨拶が出来るとは、たいしたものだ」
男が少し驚いたように言う。

「だってかあさまが『あいさつはだいじだよ』っていつもいってるもの」
「ほう、」

小さな手を付いて頭まで下げてみせた幼い娘は、三つになるかならないかではあるが、存外しっかりとした口調で話した。


(なるほど、あれが姿を見せないのはこういう事か)




やたらに理由を付けては通ってきた派手な形の少女がぱたりと来なくなって、随分経つ。

男は彼女の愚かさや幼さを気に入ってはいたが、常に手元に置いておこうとは思わなかった。さして気に留めることなく、小さな戦が続いた事もあり、…気が付けば季節がいくらか巡っていた。
ふとあれはどうしているかと、根の者に探らせてみれば子を拾ったか生んだか、そんな報告が返ってきた。

自ら確かめにきたのは単なる気まぐれとほんの少しの興味から、特別な意味などありはしない。だが、この聡い子どもを認めた瞬間気が変わった。

連れ去ってみたいとただ思ったのだ。

「いまはとしおじさんも、まつおばさんも、いないの」
「知っている、彼らに用はないからね。だが、君には興味がある。…一緒に来るかね」
「うん、いく!」
あっさりと答える。
「…君の母は、知らない人について行くなとは教えなかったか?」
「おはなしたからしってるよ?」
不思議そうに鳶色のまるい瞳がぱちぱちと瞬いた。
あの少女を思わせる小鳥の羽毛のような髪。色だけが、深い黒だ。

それはいくらか白いものが混じる、男の髪によく似ていた。




「いやはや、人生わからないものだな、私が人の親だなどと、」
悪い気分ではないのがまた実に不快だ、男は娘の手を引きながら呟いた。

「あ」
焦ったように、小さな声。
「どうした」
「なまえ、しらないひととはなししちゃだめって、いってたの」
「私が誰かは、すぐにわかるだろう。それより、君の名を教えてくれないか」

白黒の男と、小さな浅葱色の背が並んで暗がりに消える。


あのまぶしい縁側には、代わりに文を置いてきた。
祭りの盛りにはまだ遠い、彼女はすぐに追ってくるだろう。

(さて、あれはどんな顔を見せてくれるか。ああ愉快、愉快)


松永久秀は悪い大人の顔で、笑った。





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拍手お礼その3。松慶なのに2人が一度も会話しない変な話でした。

この後、松永さんは幼女連れで大和に帰りました。三好さん大騒ぎ。
加賀も当然大騒ぎ。慶次が帰ってくる前に、まつが乗り込んでいきそうです。
連れ去られた当の娘は、なんとなくこの人大丈夫そう、ってだけでのんびり過ごしてます。そういう図太さは慶次似。

松永さんは史実でも好色で、欲望に忠実な人だけど、成り上がった身だから、(自分の弱みになる)子どもって実はいなさそうだよね、という妄想。

09/10.28


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