春のさかりに



その事に気付いた時、慶次は嬉しかった。
同時に、堪らなく不安にもなった。
あの人が知ったらなんと言うだろうか。
いい顔はしないだろう。なんとなくそう思った。

だから逃げて、逃げて、今も西へ東へ、一見変わりない暮らしをしている。
ただ、大和の国だけをきれいに避けて。

もし会ってしまったら隠し通せる自信がなかったからだ。


恋をして、いいひととの子を育てて、その子どももいつかすてきな恋をする。
今の状況は、慶次が掲げてきた理想論とまるで逆だ。

生まれた子はすぐに前田の家に預けた。まつねえちゃんは何か言いたそうにしていたけれど、利はひとこと、心配するな、と言った。
表向きは利の養子扱いにしてもらい、月に何度か会いにも行く。
まだふたつにもなってないのに、とても賢い子だった。
父親の血なのかな、きっと美人になるだろうな、そういうことを考えると思わず頬がゆるむのを感じた。


「おばちゃーん、団子ひとつね!」
「あら、慶ちゃん久しぶり」
「慶さんどこ行ってたんだい、最近見ないじゃないか」
馴染みの茶屋に入れば、あちこちから声がかかる。

「どこもかしこも祭りばかりでさ。明日は近江、その次はもっと南にって、もう大変だよ」
「あ、そういえばこの間ね、お侍さんが慶ちゃんを訪ねてきたわよ」
「……それっていつの話」
丁度ひと月前になるかねえ、と渡された白紙の文から、ふわ、とかすかに香の匂い。忘れようがない、火薬の混じったそれ。

(あの人が俺をさがしてる…もしかしたら、)
甘い期待が胸をよぎったが、すぐに打ち消した。


体を重ねていたのは確かだ、でも、情があったかと言われれば判然としない。何も言わなかったし、くれなかった。
子を成したという繋がりだって、黙っている以上一方的なものだ。
あの人にとっては本意でなかったかもしれない。


春も終わりに向かっていく。祭りの喧騒は慶次の足跡をうまく隠してくれるけれど、桜が散ってしまったらどうしよう。



(春が、ずっと続けばいいのにな)





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拍手お礼その2。松永さんの反応が読めなくて、一人でぐるぐるする慶次。親になる姿が想像できない所は松永も慶次も同じだと思います。
「夏の〜」へ続く。


09/09.25

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