秋の入り江に
まつねえちゃん、頼みたいことがあるんだ。一生のお願いだよ。
久方振りに顔を見せ、開口一番がこれだ。夫の姪は武家のしきたりを嫌い、あちらこちらを放浪しては、ふらりと加賀に帰ってくる。
「便りのひとつも寄越さないと思っていれば、いきなりなんですか。犬千代様も心配していたのですよ」
珍しく厚着をしている彼女は、頭を垂らしたままだ。
常のようにへらりと笑っているのだろう。今日こそ、きちんと諫めねばならないとまつは思う。
「よいですか慶次、一生のお願いとは一度きりなればこそ聞き届けられるもの。あなたの一生は一体何回あると思って、」
「お願いだよ。まつねえちゃんと利にしか頼めないんだ」
顔を上げた慶次の目があまりに必死だったので、つい頷いてしまった。
ああ、いけない、私がこんなに甘やかしては、前田家を支える者として、厳しくあらねばならないのに。
(なんだかんだいって、まつも慶次には甘いなあ。)
…夫の笑う顔が目に浮かぶ。
慶次が生まれて間もない幼子を連れてきたのは、それから四月ほど経った初春の頃だった。
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短め拍手お礼でした。「春の〜」に続きます。
09/09.21
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