つげのくし
前田慶次は自身を飾ることに興味はあっても、妙な所で頓着しない男だ。
女のように長い鳶色の髪。特別手入れなどしている様子はないが、指の間をさらさら滑る毛並みは気に入っている。
「…松永さんさあ、それ、いつまでさわってんの」
大人しく座っていたのも束の間、髪ばかり触れられることに焦れたのか落ちつき無く足を揺らす。
「嫌なら帰ればいいだろう」
「帰れないよ、だってあんた俺の服も簪もどっかやっちゃっただろ」
「そうだな」
些か装飾過多が過ぎる衣服は目に五月蠅く、屋敷に入れて直ぐ脱がしてしまった。
だから今、身に着けさせているのは質素な染めの薄衣だけだ。
香油を薄く塗った髪を、一房一房、丁寧に櫛で梳いていく。癖があるせいか、少し絡む。
上質の麝香が薫る。
「俺の髪、そんなに気に入った?」
「今のところは、飽きないよ」
良いものは磨き上げるほどに良くなる。人も物も、その点については変わらない。だから興味が続く限りは、愛でることは飽きないだろう。
櫛を引く。先の方まで難なく通る。
少し、満足した。
「…俺の髪、好きかい」
「ああ」
「じゃあ、」
中身のほうは?と駆け引きの真似事のような物言い。
「何を期待してるのか知らないがね。卿は誘導が下手だな」
「ちょっと思ったんだよ。地味な着物着せられてさ、あんたは俺より俺の髪。なんだかおまけみたいだよなあ、って」
「くだらない事を考える前に、卿は卿自身を学びたまえ」
素材がそれなりならば、飾るより先に磨くほうが得策だ。
余計な装飾は削いでしまった方が精悍な顔立ちを引き立てるのだと、年若い青年は気付いていない。
細工の付いた簪、黄・朱金・臙脂・とりどりの飾り紐。
(ひとつひとつ、外してゆくのも愉しみではあるがね)
直接指摘する気にならないのは、これを他人に見せるのが惜しいとも思っているからだ。
「…尾ばかり美しい鳥ならば、殺して飾れば済むことだ」
「何の話だよ」
「さあな」
少なくとも見目ばかり綺麗なものに興味は無いのだ。この子供は知らないだろうけれど。
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拍手ログ。「髪を切る」より少し前の話。
中身も気に入ってるからこそ愛でる対象になっているんだけどそれを慶次には言わない松永さん。
10/01.23
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