詐欺師はどちらか・後



工場裏の廃屋、塀越しに足音がたくさん聞こえた。

あの人の体はもう燃えきってしまっただろうか。
もう目の奥の熱もおさまってきたけれど家に帰る気もおきず、慶次は足元の雑草をぼおっと眺めていた。



いつも会うのは都心のマンションだった。それが同じ町の、三軒先に住んでいた。なんて笑えない冗談。
(俺のかわいそうな身の上話も、全部嘘だって気付いてたくせに、知らないふり、なんて悪趣味な大人なんだろう。だから大人は嫌いだよ。特にあんな最低の奴、)

穏やかで良い方だったのに残念ね、と誰かの声。
そうね、いつも笑っていらして、ほんとにねえ、惜しいことだわ、…塀の向こう側から、時折あの人の名前も混じる。優しい?紳士的?そんな人知らない。

だってそんなの全部、まがいものだ。
あの人はお金払って、バカ学生とホテル行くような人。
いつも上から目線だし、夏もスーツ着てるし、俺がご飯食べてるとき妙に機嫌が良かったり何考えてるかさっぱりわからなかった。
いつも上から目線だし、夏もスーツ着てるし、俺がご飯食べてるとき妙に機嫌が良かったり何考えてるかさっぱりわからなかった。

「詐欺なのは、あんたの方だろ、………っ、」

名前を呼びそうになって、ひゅっと息を吸いこんだ。もし、呼んでしまったら、足先から地面が崩れて、なにもかも駄目になるような気がした。

鈍色の塀にもたれて小さくうずくまる。
ぱちぱち。炎が跳ねる、花火のようなその音が聞こえないように。

どれくらいそうしていたのか。ふと襟足をさわる指に気付く。
よく知っている仕草でつむじを撫でている気配。

抱えた膝の隙間から、黒いスーツの足が見えた。





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本当の詐欺師はさてどちらか。某所に投下したものだけど松慶っぽかったので加筆してみました。
下スクロールで、斜め上方向に展開しすぎてカットした蛇足。

09/10.10



…気がついたらホテルの綺麗なベッドの上、服もほとんど脱がされかかっていた。俺なんでここにいるんだっけ、そうだ、確か。
「あんた、死んだんじゃないの…」
「君の知る松永久秀という男ならば、もうこの世にはいないな」
「じゃあ夢かお化けだ」
「卿の頭は幻想と現実の区別も出来ないのかね、哀れなことだ」
「松永さん俺のこと馬鹿だと思ってるでしょ」
「思っていない」
「思ってる!」
「慶次、」
「なに」
「少し静かにしなさい」
「…うん」
この人の声ってこんなに甘かったっけ。
気になることも聞きたいことも山ほどあった気がするけど、もうどうだっていいと思えた。だって、この人に呼ばれる自分の名前が好きだ。自覚には、それで十分。
もう一度呼んで欲しくて、慶次はシャツの裾をそっと引いた。




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