愛の魔法



(大人になっても魔法にかかってたら、お嫁さんにして!)


9年前の冬の日、ひとつの賭けをした。
覚えたばかりの指切りを交わした手は、今は整えられた爪先をきらきら光らせ、シーツの上に投げ出されている。

「ねえ、10年経ってないけど、いいの」
少しの戸惑いと期待の混じる声で、こちらを見上げる。

「たかが3日の違いだ。取るに足らぬ瑣末だろう。もし逃げるなら、今の内だが」
制服のスカーフを引き抜いた手で、久秀は後ろのドアを示す。
「逃がす気なんてないのに?」
「何故そう思う」
「だって松永さん、悪い魔法使いでしょ」
幼い言い回しに見合わない慣れた仕草で首に手を伸ばしてくる。教えた通りのやり方。

今日、この少女を完全に自分のものにすると決めた。
もうどこにも帰してやる気は、ない。




小さな子どもをたっぷりの甘言と誘惑で手懐けるのは実に容易いことだ。
精一杯背伸びをして追いかけてくる姿はかわいらしいものだったし、飽きたら壊すつもりでいた。
そうして犬猫を飼うように始めたままごとのような関係は、子どもを女と呼べる年までずっと続いている。

最初に自分ばかりを見るよう仕向けたのは他ならない久秀自身だったけれど、無理に縛りつけるような真似はしていない。

慶次は馬鹿だが、聡い子だ。
可愛らしい部分はそのままに、快活な少女へ成長した。
望むなら好きに男を選び取れる器量もあるだろう。
しかし今も昔も変わらず、少女は久秀だけを慕って離れなかった。




上着を肩から落としてしまっても時折詰めたような息を吐くだけで、されるがままになっている。
肌を晒すことにあまり躊躇いがないようだった。

(一切の抵抗がないのは、少しつまらない気もするな、)

そう思いながらやわやわと胸の膨らみに触れていると、今まで大人しくしていた慶次が身をよじる。
「ねえ、くすぐったいよ」
「嫌か?」
「ぜんぜん」
昔からよく笑う子だったが、今日のそれは格別で、細めた目の端からふわふわにとろけてしまいそうなほどだ。

「何がそんなに楽しいのかね」
「松永さんが優しいから、今すごくうれしいんだ」
幸福をすべてかき集めたような顔で、もっとさわってとねだる、これを壊そうとはもう思わない。



「あのね、俺ほんとにあんたが好きだったんだよ、初めてあった時から」

今思い出したように、ぽつりと零す。

「私はそうではなかったがね。気に入っていたのは確かだが」
「うん。知ってた。だから、ずっと、好きになって欲しいって、思ってた」
…だから、もし今俺が可愛く見えるなら、魔法にかかっちゃったんじゃないかな!

悪戯っぽく微笑む姿はどうしようもなく甘く、久秀をただの男に陥落させてしまうのに十分だった。
(よく、育ってくれた)

あわい橙に塗られた爪も、拙い薄化粧も、つまさきから頭まで、久秀のために磨かれたもの。
そのひとつひとつが眩しく、ただいとおしい。

「…君は本当に愛らしいな」
「今なんて言ったの?よく聞こえなかっ、…あ、」

きらきら、砂糖菓子のような指先に口づけを落とせば甘ったるい声で囀る。
10年越しの魔法はいつまでも、解けそうになかった。





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恋の魔法、松永さん視点でした。魔法にかかってるのはどっちもでしたーというあれ。
この慶次果てしなくスイーツ思考な子ですが、よく考えたらデフォルト慶次も結構スイーツだった気がする。

09/12.17


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