詐欺師はどちらか
その人が亡くなったと知ったのは、慶次がバイトを終えて帰宅した夜の十一時頃だった。
首都圏から大きく離れた山間にある俺の町では、日に一度の新聞も大きな娯楽のひとつであるから、日中はそれはもう大騒ぎだったらしい。
母に投げつけられた地方紙の一面には「凶悪詐欺事件多発」の文字。右下に目を向けると黒い小さな枠に、地元の権力者の名前と通夜の場所が簡潔に書かれていた。
(…アドレス、消さなきゃな)
住所は三軒先の大きな家だった。
町外れの工場で火葬をした。このあたりでは、亡くなった人は土に埋めるのが当たり前だったけれど、故人の意思を尊重して、とのことらしい。
列席はしていない。
というのも、俺のバイトというのは、お金の余ってそうなおじさんに甘えて、カードの番号やらブラックな資産を聞き出すちょっと後ろめたいものだからだ。
そのささやかな詐欺の、3番目の相手があの人だった。
遠くに、ぱちぱちと薪の爆ぜる音。
花火の音に、似ていた。年の暮れに上がった花火を、窓からじっと見ていたのをよく覚えている。
「あんたでも、そういうの綺麗とか思うのかい」
「火は好きだな」
ちょっと皮肉を込めて言ってみても穏やかに笑うだけ。
「物は限りがあればこそ、愛でる価値も出来よう。散り様が美しいなら、尚更だ」
花火、桜、飴細工。あの人は儚くて美しいものが好きだ。
いくら媚びて甘えても、貯金の額や、仕事、なんにも教えてもらえなかったけど、そういうことは知っている。
例えば、首の後ろを撫でるのが、行為の合図だとか。
いつも少しずつ、気が遠くなるくらい執拗に追いつめられた。
指の尖ったところが奥に当たるたび、軽く達してしまう。もうやだ、と泣いてみせても許してくれない。
かさついた手は驚くほど優しく頭を撫でて、そのぬくもりに体の力が抜けているうちに足を抱えられた。
…そこからは、前も後ろも熱くてなんだかわからなくなる。
「……あ、……」
(どうすんだよ。これ、俺、もう普通じゃないじゃん。おっさん思い出して、勃つとかさ)
足のあいだがずんと重い。なんでこんなことなってるんだろう、俺。情けなくて、目の奥が熱くなる。
『慶次、』
名字でもあまり呼ばれたことがないのに。たった一度だけ聞いた、あの人のひくい声が俺の名前を呼ぶのを、思った。
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続きます。
09/10.09
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