はいいろとまどのした、



「…まつながさん、は、お化けなのかい」
コップに残った氷をくるくる回しながら、慶次は疑問を口にした。

「そういう噂があると聞くな」

出された焙じ茶をひとくち飲む。
変な人だけどお茶はおいしい。まつねえちゃんと同じくらい。

「ひとをさらったり、たべたりするの」
「相手は選ぶかもしれないな、少年はどう思う?」
「…わかんない。あのさ、俺、女の子だよ?」
「そのくらい見ればわかる。が、少年は少年。それだけのことだよ」
「なにそれ、よくわかんない」

濡れ縁に座っての会話は、不思議と続く。
さっき、見つかった時はちょっとこわい、と思ったけど案外話しやすいのかもしれない。

ぱさり。
大きな手に帽子を取られ、中に纏めていた長い髪がふわ、と広がる。むき出しの肩に首にかかってむずむずした。

「秋津ももう終いだな」
白い鍔に乗った赤の羽根は、何度か旋回して梅の木の向こうに飛んでいった。

「…あきつ、ってとんぼのこと?」

「そうだ。私が少年くらいの時分には、よく捕まえたものだ」


―――紐で括ったのを、眺めるのが楽しくてね。


「え、今なんて、」
「君は警戒心が足りない、と云ったんだ、前田慶次」
腕を取られ引き倒されたのは一瞬のことだ。

暗い色の瞳に射竦められる。
本能が逃げろ、と告げるけれどどこも体は動いてくれない。

こういうのなんて言うんだっけ。そう。…にらまれた、かえる。にらんでいるのが何か、思い出せない。
けど、きっと金色を帯びた鋭い目をした、夜のけものだ。
俺、このひとに食べられるのかな。ぎゅっと目を瞑った。

上唇をゆるく噛まれる。
それから濡れた生温いものがくちの中に入って、痛くはないけど、首の後ろがざわざわして、緊張で張った体から力が抜けていくのがわかった。
ぬるま湯を全身にずるずると流し込まれるような感覚。
(前からしってる、気がする)




五時を告げるチャイム。
その音に弾かれたように、慶次は立ち上がった。鞄と帽子を掴む腕も、足も今度はちゃんと動く。

「…おれ、かえらなきゃ」
「そうか。残念だ」
楽しみ賃代わりに、と白い包みを持たされ、見上げた男の笑みは最初に見せていた温厚そのもののそれに戻っている。


「少年、」

「また来てくれるか」

返事はしないで、黙って門を押した。



電信柱の向こうから藍色が迫る。いつもなら迎えが来るまでずっと見ている景色が、今日は少しこわい。
空を塗りつぶす夜の気配、訳も解らないまま明るい方へ明るい方へと走り続けた。頭の先に追いつかれたら、きっと捕まってしまうと思った。




家の近くまで戻ってから貰った包みをひらくと、ガラス玉にも似たまるい粒がひとつ、ふたつ、地面に転がる。
かたく冷たい土の上に落ちたそれは、西方に融けていく夕陽を吸い込んでゆらりと光り、黄色より深く橙より鈍い、ゆがんだ色彩を放つ。

手の中に残ったきんいろの飴。
口に含むと、毒のように甘かった。




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09/12.27


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