きんいろのどくでしぬ。



(『4丁目の古い家、出るらしいよ。…え、お化けだよ、決まってるじゃん』)

黒塗りの木で造られた勝手口は地面より少し高い位置にあって、子どもが身を屈めて通るには十分な隙間がある。
慶次は目深に被った帽子が引っかからないよう押さえながら、ズボンについた土埃を器用にはらった。

「夢吉、ほんとにいたらどうしようか」
「きー」
「そうだよなあ、俺もわかんない」


(『ただ出るだけじゃなくてさ、子どもをつれていっちゃうんだよ。それで、お菓子をあげて油断したところを、』)


(『食べちゃうんだって。』)



帰り道、どこで耳にしたうわさ話を確かめに行こうと思ったのはなぜか、よく覚えていない。
ただ慶次は人より気まぐれで好奇心の強い子どもだったから、きっかけが何であれ気の向くまましたことには違いなかった。


塀の中に入ると濡れ縁のあたりまで朝顔の蔓が伸びていて、ほの暗い影を落とす木造の家の窓からは、まだ9月の初旬だというのにしんと冷えた空気が通っている。

誰かが住んでいるような気配はない。

帰ろうか、肩の上の夢吉に声をかけ、踵を返そうとして―――何か大きいものにぶつかる。
「私に、何か用かね?」
「わっ」
大きいもの、は、背が高くて黒い服を着た大人だった。

慌ててあたりを見渡すけれど、さっきまで居たはずの小さな友だちの姿は影すら見えない。
ひとでなし。うらんでみても、もうどうしようもない。

「あ、えっと、ボールがこの辺りに入っちゃって、」
でもみつからなくて。

きいろいタンクトップの裾をいじりながら、とっさにでまかせを口にする。


「ほう、…それは大変なことだ」
「そう、たいへん、なんだ」

目を合わせないでおうむのように返す慶次を、鋭そうなふたつの目がじっ、と見つめる。
ほんとはボールなんて持ってないから、すぐにばれてしまうような嘘だ。よく見たら背が高くてなんだかこわそうな気もするし、嘘だってわかってるのかもしれない。


怒られるかな、叩かれるかも、身構えていると、その手は意外にも頭を撫でてきた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、屈んだその人が目線を合わせるようにこちらを向く。

「また叩かれると思ったか」
そう言って目を細めて笑う。
初めて会ったのになんだか変なことを言うひとだ。

「こう暑くては捗らないだろう、茶でも飲んでいきたまえ」
黒い大人は松永、と名乗った。




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はじまり。

09/12.24

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