(ベルフェゴール)
――…雨は、嫌い。
折角うとうとしかけていたのに、降り出した雨の音で目を覚ました。
シーツを抱きまくら代わりに引き寄せてみても、眠気は一向にやって来ない。
雨は嫌い。湿気も嫌い。全部嫌い。
苛立ちを感じながら仕方なく起き上がってベッドに腰掛ける。
煙草に手を伸ばして火を点けた。
ジッポ独特のオイルの匂い。肺に吸い込めば感じるメンソール。
伸びた灰を落とそうとしたら、突然ドアが開いた。
「何やってんの。オレ煙草嫌いって言ってんじゃん」
「…ベルの前では吸わないでしょ」
「今吸ってるし」
「それは吸ってる時にベルが来たから」
「うぜー。今すぐ消せよ。」
気まぐれに現れた王子様が不機嫌を少しも隠そうともせずにズカズカと部屋に踏み入る。
きっと前髪に隠れた眉間にはシワが寄っているだろう。
まだ長い煙草を灰皿に押し付けて、それ位で臭いが消える訳もないのにわざとらしく手で扇ぐ。
それに気付いたのか舌打ちをして窓際に向かったベルがまた舌打ちをする。
「雨だから窓開けらんねぇし」
「ベルの部屋行く?」
「…面倒」
私の肩を掴んで抱え込むようにベッドへダイブする。
耳元で大きな欠伸が聞こえたところを見ると眠りに来ただけだろう。
「オレさ、雨嫌いなんだよね」
「私も」
「煙草も嫌い」
「知ってる」
「だってさ、」
「ん?」
「キスしたら苦いじゃん」
漸く機嫌を直した王子様は意地悪く笑って人差し指で私の唇を撫でた。
何だかイラッときたから指を噛んでやればデコピンで仕返しされた。
「私はベルが生クリーム食べた後でもキス出来るよ」
「お前甘いモン嫌いだよな」
「うん、嫌い」
「でもオレは無理。つー訳で禁煙しろ」
「無理」
「うっぜー…」
小競り合いを繰り返しながら、段々と会話のスピードが落ちていく。
ベルの鼓動と、雨音の不協和音。
心地良い眠りを誘う不思議な反比例。
嫌いと嫌いと、愛してる。