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ハートの国のアリス
ーアリスが帰ってしまったあとー
上も下も、右も左も分からない、平衡感覚が狂っているような空間で白ウサギは、端正な顔立ちを歪め、今にも泣きだしそうなーーむしろなぜ泣いていないのかと疑問を持ってしまうような表情をしていた。
「僕はアリスが幸せならそれで良かった。アリスが笑っていてくれるなら。アリスの浮かべる表情が笑顔ならそれで良かったんです。他には何も望んでいなかった。僕はこの世界で幸せを見つけて欲しかったけれど、それでもアリスがここで気持ちの整理を付けられるなら踏み台でもなんでもよかった。盲目的なのは分かっています。今までの僕と違うことも。それでもあのひと時を分け与えてくれた優しいアリスに僕は恩返しがしたかっただけーー」
汚れのない空間で、白ウサギは膝をつき、頭を抱え込む。
「なのに、なぜ、なぜ僕は、できるならこの世界で幸せになって欲しい。できるなら僕の手で笑わせたい。できるなら僕の手で幸せにしてあげたい。できるなら、できるならあの世界に返してしまいたくないーーなぜ?なぜ?いつから僕の狂っていた、止まっていた時計は動くようになったのでしょう。狂おしいほどに、献身的に愛していますアリス。それでも、それでも帰るのを止めなかったーーそんな僕を嘲笑いますか?夢魔」
剣呑に光る赤い瞳。ドロっと濁ったような視線を受け止めた夢魔は煙管を加え、引きつったような、笑おうとして失敗したような顔した。
「いいや、白兎。笑ったりしない、いやできない。そんなキミを笑うほどに私の時計は正常に動いていないからね。君の時計を綺麗に、一寸の狂いもなく、治してしまったのは彼女だっただけの話だ。初めて愛するという感情を教えてくれた彼女の幸せを願う、それがキミの幸せだったんだよ可哀想な白兎」
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