「…………」

冷水で顔を洗って、朝餉は如何しようなどと考えながら顔を拭こうとしたら、肩を掴まれて些か強引に身体を反転させられた。

「な、何だ貴様!」

向き合ったのは異世界の己で、何時もの仮面の様な顔ではなく、どちらかと言うと怒った様な、思い詰めた様な表情だったので、雷堂は息を飲んだ。

「貴方に、物申したい事があります」

きゅ、と綺麗に摘まれた爪が学生服の肩口に食い込む。
静かに告げられた言葉は返事を待っているかのようで、思わずうむと頷いた。

「あのですね、雷堂……僕は、貴方の事…………貴方に、……腹が立って仕方がないのですよ!」

「…………はあ!?」

何を言っているんだ此奴は。

雷堂が口を開くよりも先に、ライドウが捲し立てる。

「一々、一々、勘に障るんですよ!嗚呼、苛立ちます、大いに苛立ちます。顔も同じであれば、姿かたち寸分違わずにそっくりです。……嗚呼、気味が悪いったら!」

雷堂にひとつも口を挟ませず、ぐいと更に詰め寄ると、学帽の鍔同士がこつんとぶつかった。「其の顔、其の声で僕の名など呼ばれた日には鳥肌ものです、其の所作、貴方の仕草や身のこなしひとつひとつが厭いです。気分が悪いったら無いのです」

最早何処から突っ込めば良いのか雷堂にはさっぱりで、怒鳴り返す事も忘れていた。
「所作も仕草も身のこなしも意味が同じではないのか」
取り敢えず、気になった所から口にしてみる。

「ほらご覧なさい!そうやって人の揚げ足ばかり取って、なんて意地の悪い、腹黒い人なんでしょう!」

ライドウは途端に目を剥き、直ぐに噛みついてくる。
何だ、此奴は。

「角柱集めをする僕の体調を気遣ってみたり、あまつさえ食事を作る!何ですか貴方は、好感度でも上げようとしているのですか?白々しい!まるで母様の様に食事の支度をしたり、傷薬を分けたりするなど、」
息継ぎをする序でにふんと鼻を鳴らす。
「見え見えです!何ですか、母など居ないので詳しくは解りかねますが、身の回りを気遣ってくれたり世話をするのは母様がする事だと鳴海さんが言っていましたよ、何なんですか一体、其のような事で僕の気を引こう等と!―――忌々しい!腹立たしい!!どうしようもなく貴方が厭いです、ええ厭いですとも!」
何ですか何ですかと興奮する様子に、構っていられないと雷堂は思った。
思ったから、「分かった分かった」とそっとライドウの手を外し、台所に向かい、既に起きていた業斗に朝餉はどうすると聞いた。

「聞いているのですか雷堂!」

雷堂の後を着いてきてまで彼是と言うライドウに、業斗は顔を洗いながら言った。
「十四代目に絡まれているのか」

見れば分かるだろうと雷堂は思ったが、他ならぬ業斗の言葉なので「朝、顔を洗ってからずっとだ」と答えた。

「大変だな」
くるくる顔を洗う様はちっとも大変そうに思っていないように見える。

「業斗殿の話は聞くのですか貴方」

残り物の煮物を出す。

「全く、そういう所も厭いです。業斗殿は崇拝する癖に」

さて後は卵焼きでも焼くかと近所の老婦人にお裾分けされた卵を出した。

「何とか言ったらどうなんです」

全く衰えないライドウの喋りに、流石の雷堂も一寸うんざりした。

「分かった。十四代目よ、分かったから。貴様の話は後でちゃんと聞いてやる。我は今朝餉の用意をせねばならんのだ。手伝わないなら一寸座っていてくれ」

背を向けると、又「厭いです」とぽつりと聞こえた。

「厭いなら、話し掛けねば良かろう」
忘れていたと割烹着を着込む。

「ええ、厭いですとも!貴方の美しい所作に惹かれる僕が、貴方が大切に思う業斗殿が、貴方の興味の惹かれるもの全てが厭いですとも!」

何とも支離滅裂な言葉を吐き続けたライドウを振り返る。

蒼灰の瞳は言葉とは裏腹に寂しげな色を湛えていて、思わず笑ってしまった。

「人の顔を見て笑う等、失礼極まりませんね貴方!」

「だって、貴様が、ははっ…自分が何を言ったかわかっているのか?……っふ、」

ライドウは心底解らないという様な顔をして、首を傾げた。
本気で言っているのだとしたら可笑し過ぎる。

手をひらひらさせて、「う、うむ。良い良い。貴様が、我の事を厭っているという事はよーく分かった」誤魔化すように卵を割った。
雷堂は、洩れる笑いが隠せないのだが、ライドウは訝りながらもそうです、と胸を張った。

「そうですとも。漸く分かって頂けましたか」

では朝餉の手伝いでもしましょうなんて言い出すものだから、雷堂は益々笑いが止まらない。

「何ですか、気味の悪い……」

分かっていないのはどっちなんだか。

「ライドウよ、我はそんな貴様を好いているぞ」

だから、だし巻き卵か砂糖を入れたのか選ばせてやる、と付け足した。

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