雷堂は、夢をみていた。
それは懐かしき光景であった。

「葛葉の里……」

足下がふわふわして、歩いているのにその実感がない。

昔よくみた景色。
幼き頃は、修行が終わると大抵傷だらけで、痛むのを我慢して部屋まで帰った。
帰ってから、人知れず涙を流した。

そのようなことを思い出していたせいか、自然、足はその部屋へと向かっていた。

「……泣いている」

閉めきった障子の向こうから、微かに洩れる嗚咽。
足と同様、実感のない手で障子に手をかけた。

「……?」
果たして、そこに座りこんでいたのは。
「………!」
はっ、とした。
涙をいっぱいに溜め、ゆっくりとこちらを振り向いた子供の顔にもちろん傷はなかった。
雷堂の傷はそう幼い頃のものではない。

「おまえ……」
思わず口をついてでたのは。
異世界の己、葛葉ライドウの真名。
雷堂とて漢字は違えど同じ真名だが、しかし、そこにいるのは幼き自分ではないという証拠もない確信が、あった。

「……は、い」
くっとしゃくりあげながらも、健気に返事をする。
その目は、泣いているのを咎められやしないかと怯えを含んでいた。
ぐいと涙を拭うのを見て、慌ててそれを止める。

「いや、怒ったりはせぬ。せぬから……」
泣くのを我慢するのは止めろ。
そっと近寄って細い身体を抱く。
そういえば我は里の他の者より身体が一回り小さかったんだよな、と思い出した。
それは、ライドウとて同じか。

優しい気持ちが溢れた。
子供は、いつのまにやら雷堂にしがみついて泣いていた。
ぐいぐいと胸に子供の額が押しつけられる。
よしよしとその頭を撫でてやりながら、「おまえは大丈夫だ……これからもそうやって人知れず泣くこともあるやもしれぬが……」
おまえは大丈夫、そう呟いたところで唐突に子供を抱く己ごと見ている物が遠退いていって、目が覚めた。

「……」
今は何時なのだろう。
何時もより早いことはわかる。

暫く横になったままぼうっとしていると、やがて戸が叩かれる微かな音がする。
「雷堂……一寸、いいですか……」

「入って構わん……」

「すみません、朝早くに……」
未だ寝着のまま、ライドウが静かに入って来て、そのまま寝具の上で上体を起こした雷堂の前で、正座した。

「ど、どうしたのだ十四代目」
寝惚けているのか。

「寝惚けてなどいません。雷堂、貴方に御礼が言いたくて」
ありがとうございます、と深く頭を垂れて感謝の意を伝えると、そっと立ち上がってそのまま雷堂の寝具に腰かけた。

未だ驚きに動けずにいる雷堂の頬に手を沿わせると、夢にね、と優しく囁いた。

「夢に……貴方がでてきたのですよ……」

「そ、それで……?」

「子供の僕は、葛葉の里の部屋にいて、昔、悲しいときいつもそうしていたように、涙をただ堪えていました」

静かに言葉を紡ぐライドウの唇を、雷堂はただ見つめていた。

「そこで、いきなり部屋に貴方が入って来て、僕の真名を呟くのですよ」

「ああ……」

「そうして、僕を抱いて、『泣くのを我慢するのは止めろ』、そう言って頭を撫でてくださいました」

雷堂はライドウの手に己の手を重ねる。

「……僕は、それだけでずいぶんと救われました」
だから、ありがとうございますと伝えに来たのですと、ライドウは言う。

「……我は…何もしておらぬ……」

それだけ言うのがやっと、という様子に口辺に笑みを漂わせながら、揺れる雷堂の瞳だけを見つめてライドウは続ける。
「貴方もそうであったとは思いますが、子供の頃、僕はとても苦しかった。辛かった」

でも、と優しい光を湛えたライドウの瞳を、雷堂も見つめ返す。

「例え夢であっても、貴方がそうしてくださったお陰で、僕は救われたのです」
そこでライドウは、とろけそうな甘い笑みを浮かべた。

でも、我は人知れず涙を我慢したりはしなかった。
人知れず涙を流すことができたのだ。

言葉にならない想いを伝えるために、雷堂は紅く色づく鏡写しの唇に接吻けた。

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
第4回BLove小説漫画コンテスト開催中
リゼ