ゴウトは、懐かしい風景を見つけて、記憶を辿りながら足を動かした。

古いビルヂングは、もう長らく無人のようで、寂れて物が無いこと以外、昔と殆ど同じだった。

『鳴海探偵社』と書かれたプレェトはもう無く、あの開閉の際にギィギィ鳴る扉も、もう無い。
鳴海に言われて、蝶番に油をさしていたライドウを思い出す。

優しい子供だった。
優しかったが、目付け役には我儘で、異世界の自分には意地悪だった。
でもお人好しで、鳴海に何か頼まれると、10回に1度くらいの割合で文句を言っていて、無愛想だったが照れ屋なところもあって、盛り付けは綺麗なのに料理の味は微妙だったし、意外に不器用だったし……、そうだおれはあれの笑顔とは言えない、微かな微笑みが好きだったな、と思う。
照れたときなんかには、くいと帽子の鍔を引き下げて、その微笑みをそっと隠すのだった。

だが、そんなライドウはもう、いない。
鳴海ももちろんいない。
あれから長らく時が経って、ライドウは今生きているのか死んでいるのかさえわからない。

ゴウトは何人か、若しくは何十人かのサマナーを指導して、そのうち何人かは戦闘中に命を失ったりもしたし、ゴウトが必要無くなって離れた者もいたし、最期までゴウトは傍にいて穏やかに其の時が来るのを見届けた者もいた。
葛葉四天王には一度も関わる事は無かった。

一度ならず、二度までも帝都を救った子供の必死の申し立てを、老人達は払いのけ、ゴウトと離れ離れにしてしまった。
ライドウはゴウトに執着していたから、ゴウトを与えたらこの有能な子供は目付け役と共に何処かへ行ってしまうとでも考えたのだろうか。
其れこそ逆効果だった、とゴウトは思う。
業斗童子の一匹くらいくれてやれば良かったのに。
結果、ライドウはゴウトと出会う以前の生ける屍のように戻った。……と、風の噂で聞いた。
其れからは、ライドウの話など入ってこなかったし、ゴウトも辺境の地で進んでまで知ろうとしなかった。

とん、と窓際に乗る。
此処からの景色も昔とは随分変わってしまった。
自分が過ごした気の遠くなるような時間の中で、ライドウと過ごした時が一番楽しかったな。
彼奴に逢いたいな、なんて柄にも無く思った自分に苦笑する。
居所も、況してや生存の有無さえ知らずしてどうするというのだ……それに、今のおれにはまだ共についてやらねばならぬ奴がいる。

カツ、カツとゆっくりと階段を上る音に、彼奴を置いてきぼりにしてしまったなと、振り返る。

「嗚呼、すまなかったな……」
横に緩やかに裂けた唇が、最後の「な」の形で固まった。
何故なら、其処に立っていたのは。

「おまえ……」
翡翠の瞳が見開かれる。

昔より多少の成長は見られるものの、老いを忘れた身体でかつての子供は現れた。

「待たせたね、ゴウト」
ゴウトが好きだった笑顔は今や、隠される事なく、惜しみ無く向けられていた。

「さあ、呼んでくれ……」
優しく差し伸べられた手に抱かれて、ゴウトは久しく呼んでいないかつての己の名を口にした。

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