「なあ、ライドウってなんて名前なんだ?」
アマラ深界で良いだけ遊んだ後、不意に人修羅が口を開いた。
「葛葉ライドウだが」
何を言っているんだと言いたげなライドウが、もう知っているだろう?と首を傾げ、人修羅は違う違う、と頭を掻いた。
「本名だよ。そのライドウっていうのは襲名した名前なんだろ?」
何時までも「ライドウ」と「人修羅の君」じゃあさあ、と腕組みをするのを、またライドウは首を傾げて見た。
幼い子供のようなその動作をライドウがするのは少し妙でもあり、惹き付けられるような妖しさもあった。
「不便は感じないが」
「充分不便だよ!」
大体、「人修羅の君」って長すぎるだろう、と抗議すると、「では、人修羅と呼ぼうか」と返ってきたのでいよいよ頭を抱えた。
「本名で、改めて自己紹介しようぜ」
ぱっと顔を上げると、じっと人修羅を見つめる青灰色と目が合う。
そのまま様子を伺っていると、そこには珍しく思案顔のライドウがいた。
「ライドウ」
釘を刺すような低いゴウトの声に、ライドウは解っている、と頷く。
其の空気で何と無くライドウの返事が分かってしまう。
「……其れは、出来ない」
だから、ライドウにしてはやや言いにくそうに紡がれたその言葉にがっかりすることはなかった。
「そっか」
「……説明させてくれ」
うん、と頷くと真剣な顔をしたライドウが静かに話始める。
端正なその顔を見ながら、(こいつの表情の違いがわかるようになってきたなんて、俺も大分慣れてきたんだなあ)などと暢気に考えていた。
ライドウの説明に依ると、言葉を扱う者は簡単に本名、即ち真名を人には教えてはいけないものらしい。
特に悪魔などに聞かれると、悪用される事必須―――
「君が悪魔だから教えられないのではない。君以外に聞かれることを怖れている。其れに、葛葉ライドウである限り、真名は棄てたも同然なんだ」
気遣ったのか、何時もより言葉数が多い。
微妙に、焦りだとか、哀しみだとかの感情が表情に出ている辺り、少しは心を許してくれているのかな、なんて人修羅は自惚れたりした。
「じゃあ、俺もまだ暫くは人修羅でいい」
視線をそらせて、ちょっと口を尖らせる。
ライドウはどんな顔をしてるのかな、とちらっと見ると、にこりと微笑まれた。
それは微かに口の端を上げた程度のものだったが、ライドウ基準で言えば間違いなく笑顔だった。
「では、約束をしよう」
約束?
聞き返すと、頷きが返ってくる。
「僕がライドウの名を還すとき、必ずやまた君に逢いに来よう」
そうしたら、また改めて自己紹介をしよう。
そう言って小指を差し出してくる。
ゴウトは、そんな約束しやがって、とでも言いたげに、溜め息をついてそっぽを向いた。
「絶対だな?」
「絶対だ」
「悪魔とそんな約束しちゃっていいの?」
「君ならば。君だからこそ」
なんだ其の殺し文句、と思ったが人修羅は口には出さなかった。
恐らく此れは無意識でやっているのだろうから。
じゃあ、待ってるからな、と互いに絡めた小指を、ゴウトはじっと見つめていた。
2019/06/11 加筆修正