新月の晩に、目当ての物を手にしたライドウが銀楼閣の屋上へと上がっていくと、其処には既に先客が居た。

「何だ、貴様か」

驚くでも無く煙管の煙を燻らせる雷堂にライドウの方が少し驚いた。
雷堂が其の様な行為をすると思わなかったのだ。
然し、自分も此れをするのだから雷堂にそう言う処が有っても何もおかしくは無いのだと思い至る。
何故なら二人は同じ人間なのだから。

「こんな処で一服だなんて、業斗殿に怒られないのですか」

この、不良。

からかいにも全く気を悪くした様子は無く、業斗は散歩だから良いのだと呟いた。

「貴様こそ其の手に持っている物をゴウト殿に咎められたりはしないのか」

つい、と煙管の先が向けられたのは右手の酒瓶。

この、不良。

先に自分が口にしたのと同じ物が雷堂の口から滑り出る。
其れを聞いてライドウが口の端をあげる。

「ゴウトも散歩ですから、」
良いのです。

其れからライドウは雷堂の隣に腰を下ろして、ふたりとも暫くは何も話さず、動かずに黙々と目付役の目を盗む様な事をした。

「……其れ、美味いのか」管の中からの声に応えて、仲魔にも酒を与えていたライドウを横目で見た雷堂がぽつりと口にした。

「煙草はやるのに酒の経験は無いのですか」

「そう言う貴様はどうなのだ。煙草は」

ありません。
言い放つと同時に雷堂は一寸笑った。

「貴様はすぐ自分を棚に上げる」

僕がそうなら、貴方だってそうなんですよ。
と言おうとしたものの、まあ此れは自分だけが知っていれば良いやとライドウは閉口した。
代わりに雷堂に御猪口を差し出す。

「僕が好きな酒なので貴方が好きかは判りませんが」

先ずはそろりと舌を出して舐めてみる姿は、見た目の雄々しさとは反対に、雷堂の慎重さが窺えて面白い。

「……どうですか」

顔を上げてライドウを見つめたまま黙っているので、気に入らなかったかなと聞いてみる。

「貴様が好む物が、我の好みではない訳が無いだろう」

静かにそう言って、残りをぐいと煽っておかわりを要求してきた。

「其れは凄い殺し文句だ」

其の言葉のお礼と思ってもう一度ついでやる。

「何を言っている。当たり前の事だろうが」

他意は無かったらしい雷堂は平然としていて、罪作りなひとだなあとライドウは目を細めた。

「酒の礼という訳ではないが、貴様もやるか」

ライドウの手に御猪口の代わりに雷堂の煙管がきた。

「鳴海さんの様な煙草は吸わないのですか」

くるくる回すと、壊すなよと声が飛んできた。
気に入りの物らしい。

「あれは紙の味がして厭なのだ」

ふうんと返して徐に口にしてみる。

「どうだ」

「まあ、悪くはないかな」

何を偉そうに、と雷堂が笑んだ。
傷の引きつれで何処と無く渋い笑顔に為るのだが、ライドウは自分には出来ない其れが好きなのである。

「今度、また美味い酒を教えてくれ」

帝都のあまり星が見えない空に向かって呟いた後、雷堂はライドウを見てにやりと笑った。

「良いでしょう。其の時、また僕にも貸してください其れ」
煙管を指差すと、良いだろうと返ってくる。

「だが此れは高いぞ」

「では、大学芋もお付けしましょう」

まるで内緒話をするみたいに、雷堂の耳元でおどけて言うと、雷堂はくつくつと肩を揺らして喜んだ。

「勿論、作りたての温かい奴を」

「貴様、作れるのか」

「大学芋だって何だって作れましょう」

むっとした風に口にしてはみたものの、目が合ったら笑ってしまった。

「今夜は良い夜だ」

「そうですね」

雷堂はどういう意味で言ったかは知らないが、ライドウは雷堂が笑って愉しげにしているから良い夜だと思った。

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