「貴方、此方にいる間、僕の寝台を使うと良いでしょう」
そうライドウに言われて、雷堂は今ライドウの寝台に寝ている。
「我は長椅子で良いと言うのに……」
洗い立てらしい、清潔なシーツの上でころりと横になっていると、業斗が飛び乗ってきた。
「彼奴が此処に寝ろと言うなら此処に寝てやれよ。長椅子よりは寝心地が良いだろう」
業斗はそうして雷堂の腹の上に乗ろうとするので、仰向けに体勢を変える。
「でも、何故、一体」
ぼんやり部屋の中を眺める。
物の位置が己の部屋とそっくり同じだった。
「さあな……、俺達の世界にいる間の借りでも返してるつもりなんじゃないか」
確かに、ライドウは彼方の世界にいる間、雷堂の寝台に寝ていた。
長椅子では疲れが取れないだろうと、雷堂が一度貸したら次の日もねだったのだ。
「凄く……、寝心地が良くて……」
表情の無かったその口元にうっすらと笑みを浮かべて、寝坊してきたのだった。
「そうであろうか……」
雷堂の寝台はライドウのそれと全く変わらないように思える。というか、全く同じだ。
すべすべしたシーツも、薄い掛け布団も、何もかも。
業斗が顔の横に移動してきたのに合わせて、また身体を横にする。
枕に顔を埋める様にして、深呼吸すると、ライドウの匂いがした。
我もこんな匂いがするのだろうか……?
自分ではわからない。
だが、ライドウは雷堂でもある。
という事は、そういう事なのだろうか?
雷堂も自身の外套や衣服に焚き染めている香に加え、ライドウ自身の匂いが混じっている気がする。
なんだか凄く安心する……
そうして、ふうと目を瞑り、息をついた雷堂の顔を見た業斗が、くっと喉を鳴らして笑った。
「な、なんだ業斗よ」
そうくつくつと可笑しげに笑われては堪らない。
思わず顔を上げて抗議する。
いや、と未だ笑いが混じるまま、業斗は答えた。
「おまえ、今なかなか良い面構えだった」
此方の十四代目が、おまえの寝台で寝てるときと同じ顔だったぞ。
「な、何を言う!」
カッと顔を真っ赤にして、あまり我を苛めないでくれと言うと、そっぽを向いてしまった。
未だ業斗は笑っている。
雷堂は業斗に背を向けながら、彼方の世界での事を思い出していた。
朝、雷堂が起きてもライドウは起きてこなかった。
まあ疲れているのだろうと放って置いたのだが、朝食を食べ終わっても未だ起きてこない。
十四代目の分の朝食も作っておいたのだが……
まさか寝たまま死んでるいのではあるまいなと様子を見に行くと。
「…………」
其処には、業斗を抱いて、思わず見とれるような顔で眠るライドウの姿があった。
呆然と雷堂が立ち尽くしていると、業斗もやって来て言った。
「何だ此奴等未だ眠っているのか」
まあまあと我にかえった雷堂が取り成し。
「……寝かせておこう」
おまえは甘いなと目付け役に言われたのだが、雷堂にはあの表情を浮かべたライドウを叩き起こすなど正に悪魔より酷いのでは無いかと思われた。
それくらいライドウは安心しきった顔だったのだ。
「…………」
そんな事を思い出しながら、そっと目を瞑る。
そういえばライドウは「貴方、明日は寝坊しますよ、きっと」と言っていた。
十四代目ではあるまいし、我に限って其のような事……、と鼻で笑いながら、何時の間にか眠りに落ちた。
そして、朝。
「…………」
目を擦りながら部屋を出ると、ライドウが朝食の用意をしていた。
業斗はもう起き出していて、どうやらゴウトと散歩にでも行ったらしい。
「お早うございます。よく眠っていたようですね」
「……」
雷堂はちょっと不貞腐れて返事をしなかった。
わかっている。
今はお早うにはとっくに遅い時間だと言うことも。
わかっているからこそ、腹が立つのだ。
黙って食卓について、今しがたよそってくれたらしい温かな飯をかっ込む。
向かいに座りながらそんな雷堂を見つめたライドウはくすりと微笑み。
「僕の気持ちがわかったでしょう?」
雷堂は其の言葉には、ああ、とむすっと言った。
まさか、自分以外の寝台であれほどまでに心身共に落ち着いて眠ることができたなど。
あまつさえ、寝坊するだなんて―――
ああ、腹が立つと、笑うライドウを睨み付けながらみそ汁を啜る雷堂であった。