彼には、アカラナ回廊に行くと、大抵会える。
「葛葉!」
それに、ゴウトさん。
それに応えるようにひそやかな笑みを浮かべ、黒い猫を伴った少年がゆっくりと歩いてくる。
「君……、いつもここにいるね」
君の世界はいいのかい、と聞かれて瞬いた。
「よくないよ。でも、葛葉が来るときは解るんだ。離れていても、感覚で」
会える所まで友達が来たってわかると、会いたくて居てもたっても居られなくて。
人修羅と呼ばれるに相応しくない、その少年らしい愛らしい笑みに、思わずライドウも笑みを深くした。
「うわあ……」
まさに花開く、と表現するに相応しいそれに、人修羅たる少年は思わず口を押さえた。
「葛葉、もてるだろ」
「もてる?」
こて、と小首を傾げる。
「ラブレターとか、たくさん貰ってんだろ」
「ラブレタァ?」
「恋文のこと」
ああ成る程、と頷いて、そうだねと言った。
「でも、返事を返した事はないなあ……」
顎に手を添えてふむと言う。
「罪作りな奴」
「此れは、罪になるのか」
其れは困るなと、全く困っていない様子で呟くのに、ゴウトが半ば呆れながら口を挟んだ。
「此奴には好いただの惚れただのなんていう感情は理解出来んのだ」
「心を殺せと常々言われてきたからな」
うんうんと何処かずれた所で納得してしまう辺り、葛葉は天然なんだなと思う。
「じゃあ、心を殺すって事は感情が無いってこと?人形みたいに」
そうかもしれないとライドウは頷いた。
「任務をこなしていくのに感情はあってはいけない。僕は与えられた使命を全うする、人形のようなものだ」
そう言うと、目の前の少年の瞳が僅かに哀しみの色に染まった。
少しひそめられた眉、そして金色の瞳から、何かを言わんと開きかける唇に、ライドウは見とれた。
綺麗だな。
「じゃあ、葛葉は、俺とこうして話すことにも何も感じない?俺は、おまえ面白いし、わくわくする。おまえとこうしてる時間が好きだ」
真剣な様子にどきりとした。
でも、そうじゃない、と小さな声を出すのが精一杯だった。何も感じないわけじゃない。
どうしたら良い、こんなときなんと言ったら良いのかと思わずゴウトを見やる。
「おまえ、困った時、俺がいつも助けてくれると思うなよ」
たまには自分で自分の意思を伝えるんだな。
そうしてそっぽを向いてしまう。
いよいよライドウは困ってしまった。
焦ったり、困ったりという事、そのもの事態をあまり経験した事が無い彼は、酷く狼狽えた。
「違うんだ……」
何も感じないわけじゃない。
むしろ……
どうも上手く伝えられそうに無い。
だが胸に手をあてて、ひとつ深く息を吸った。
少年は、じっとライドウの言葉を待っている。
「君と会うと……もう一度、それを望む自分がいる。帰ってから、君と話した事を反芻したりする時間も嫌いじゃない……其れに、君と一緒に闘うと、胸が躍るというのか……あんな感じに騒ぐ」
優しく頷いて悪魔の少年はライドウの手に己の手を重ねる。
「其れが、楽しいって事だと俺は思う。葛葉には、ちゃんと感情があるんだよ」
其うなのか。
感情、此れが感情……と呟いて、ライドウはまだ鳴海にも見せた事の無いような笑顔を見せた。
細められた蒼灰の瞳にはえもいわれぬような色気が滲み、端が上げられた紅い唇はまるで人でないもののようであった。
意識せずとも悪魔の血が騒ぐ笑顔だった。
「葛葉、」
一旦ライドウから離れて、手を差し伸べる。
一緒に、
「遊びに行こうぜ」
「勿論……」
悪魔にしては、温かな手のひらに己の手のひらを重ねると、刀の鯉口を切る。
くすくす、くすくす、と笑いを絶やさず、悪魔を葬っていく。
そしてなお美しさを増していく少年達に、悪い遊びを覚えやがってと目付け役は悪態をついた。