愚痴日記
 2012年10月24日
どうあがいたって不可能なことは不可能ですし、可能なことは可能です。
でもだからといって、努力しないというのはおかしいのではないのでしょうか?

よく、人から勉強を教えてと言われます。
特に友人というより知り合いの方に言われるのですが、私からしてみたら人の時間を得てまであなたに教える必要がどこにあるのかわかりません。

人にものを教えるのは、自分のためにもなるから協力し合って勉強しあいなさい。

そういう言葉を大人の方は言います。

その考え方は、別に間違いだと言うわけではありませんが、単に自分たちが“何がわからないのかわからない”という学習意欲の低い学生や若者に時間を割きたくないからだと思います。

確かに私もそう思うので非難はしませんが、その厄介払いを同年代の私たちに向けないでいただきたい・・・。

若いからと言って、学生だからと言って、時間を無駄にしてもいいと思っているのかもしれません。
まだまだ時間があるのだから、そのために寄り道したっていいという先輩方の気持ちなのかもしれません。
でも、やっぱりこちらからしてみたら足を引っ張る同級に自分の貴重な時間を割く意味が見出せないのです。

自分のためになることは、自分で選んではいけないのですか?
できない人ができるまで付き合うために払った私の時間は、どう返ってくるのですか?
できない人からの信頼が得られるとでも言うのですか?
私にだって、まだまだできないこと、やりたいこと、たくさん壁に囲まれているのに、常に後ろを見ていなければいけないのですか?

何のために、私は生きているのですか?

他人のために払う犠牲の必要性はなんですか?

身を粉にしてまでしなければならないことなのですか?

それを当たり前のように貪る人たちには何も言わないのに、血を流そうとしない私たちにばかり非難を向けるのですね。

だから嫌いなんです。
あなたたちのような人たちが嫌いなんです。

自分に甘い人が嫌いなんです。

そういう考えで立ち止まっている私も嫌いなんです。

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