「さあ孟起、こちらです!」
楽しそうに笑いながらも俺の手を引く子龍は、戦時中では絶対に見られない。
いや、戦のない時にも見られないだろう。この笑みは俺の前でしか見せないのだから。
「そこまで焦らなくとも店は逃げないだろう?」
「…それでも、早く食べたくて」
うずうずとした様子で足踏みする姿が可愛らしい。
街中で武装もせずにいるだけで目立つというのに、子龍の仕草は更に民の目をひいた。
子供のような姿に苦笑しつつも俺の歩調はゆっくりとしたものだった。
「せっかく子龍が誘ってくれたのだ。この日を早く終わらせたくない」
そもそも今日こうして街に繰り出しているのは、子龍のとある誘いからだ。
軍師殿の話によると、今日は俺が降った日、つまり俺と子龍が初めて出会った日からちょうど一年らしい。
せっかくだから、二人で過ごしたい――……今では恋仲である子龍がそう言ってくれたのだ。
「…わかりました。申し訳ございません……」
「なぜ謝るのだ!これは俺の我が儘だ」
しゅんとうなだれた子龍の頭を撫でてやると、上目遣いのまま顔をあげる。
「お前と共にいたい。子龍を愛しているならば当然の感情だろう?」
「なっ、」
今度は顔を真っ赤にした子龍は慌てて辺りを見回した。
当然、民にも聞こえているだろう。だが俺は隠すつもりは全くない上、軍内では既によく知られていることだ。
「は、恥ずかしいことを仰らないでください…!」
「恥ずかしい?もっと恥ずかしいことを夜にしているのにか」
「孟起っ!!」
キッと睨まれようとも、真っ赤な顔では全く動じない。
こういうところも可愛らしいと思いながらも俺は歩みを進めた。
「…あっ、孟起!」
「なんだ」
「道はそちらではありません」
振り向いて、思わず苦笑した。
少し機嫌の悪くなった子龍に連れられながらも、活気のある街を進んでいく。
少女に派手で格好良いと指をさされた時は苦笑した。子龍が突然俺の手を掴み、早足で歩き始めたからだ。
どうしたと聞いても無言で返されたが、子龍らしく正直なことに耳が赤かった。おそらく少女に嫉妬したのだろう。
手をひかれるままに歩いていると、やがて湯気のようなものが見えてくる。
それが屋台から出ているのに気付いたと同時に、店主もこちらに気がついた。
「……ああ!将軍様!」
「久しいな店主。息災か?」
「おかげさまですだ」
子龍が俺の手を放し、その屋台へと近づく。
店主もまた親しげに、元からの赤い顔のままニカリと笑った。
「少し待っててくだせえ。もうすぐふかし終わりますだ」
店主が何やらいじり始めている最中、俺は少し離れた場所で屋台を眺めていた。
子龍に手招きされて近づくと、ようやく湯気の意味を完全に理解した。
「…ほれ、できましただ」
店主が子龍の手に大きな肉まんを乗せた。
武人である故に子龍の手は普通よりも大きいはずだが、その肉まんは子龍の掌よりも大きかった。
熱っ、と声に出した子龍は、しかし嬉しそうな顔をしている。持ち直し、そのままかぶりつくと、顔を綻ばせた。
「…美味い!変わらないな」
「へへ、ありがとうごぜえます」
子龍の表情は柔らかく、見ているこちらが笑みを浮かべてしまう。
その時、そんな俺のへと嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした店主が近づいてきた。
「そちらの方もいかがでやしょう?」
味には自信がありますだ、と店主のニカリとした笑顔が向けられる。
「ここの肉まんは美味しいですよ。私と殿のお気に入りの場所ですから」
笑みを浮かべた子龍が促したが、ここであることをふと思いついた。
「…子龍、それを食わせてくれ」
「はい?」
「熱いなら少しさましてくれるとありがたい」
子龍はぱちぱちと目を瞬かせてから、意味を理解したのか一気に顔を赤くした。
予想通りの反応だ。子龍に食べさせてもらうなど勝率は五分五分であるが、これだけではやってはくれない。
「子龍が食わせてくれたほうが美味い」
「ですが…っ」
顔を赤くしたままでふと子龍が店主のほうを見ると、彼はニカニカと太陽のような笑みを浮かべたままであった。
ようやく観念したのかため息をついた子龍は、一口かじられた肉まんを少しちぎり、さますように息を吹きかけた。
「…はい」
さし出された肉まんのひとかけらに顔を近づけ、口をあけた。
子龍が口の中に入れてくれた肉まんは確かに熱かったが、しっかりとした奥深い味わいが口内を満たした。
「…ああ、確かにうまい」
「ありがとうごぜえます」
またしても嬉しそうに顔をくしゃくしゃにした店主の隣で、子龍が顔を赤くしたまま残りの肉まんを自身の口に入れた。
「……あ」
すると突如声をあげた店主は、子龍の顔を見る。
困惑を顔に浮かべながらも味を噛みしめていた子龍は、次の瞬間また顔を赤くした。
「間接的な口付けになっておりましただ」
俺までもが思わず頬が熱くなった。
片手で頬を押さえていると店主は新たな肉まんを手に取り、俺の前へと差し出す。
「これは一番おっきな肉まんですだ。よかったらお二人で食べてくだせえ」
太陽の笑みが直視できない。
子龍と思わず顔を見合わせ、苦笑した。
どうやらこれは、
思い出の味になりそうだ。