水面は遠く





 溺れる。
 そんな予感に趙雲は身震いした。

「どうした、怖いのか」

 くつくつと笑う曹丕の目がすっと細まる。自分を映す深淵の深さが増したような気がした。
 ふるふると首を横に振る。
 曹丕が怖い訳ではなかった。怖いのは、溺れ行く自分自身。
 そっと目を逸らそうとするも、視界は完全に曹丕に占められている。退路はない。
 
「愛している」

 ああいっそ、このまま溺れてしまえたら。

 それは身悶えるほど狂おしい願望だった。しかし、なあなあに解けて行く理性を辛うじて押し止どめる。よぎる主の顔。趙雲は痺れる指先でとん、と曹丕の胸を押す。
 
「…駄目です、子桓殿。戻れなくなる。」

「やはり怖いのではないか」

 見透かしたように怜悧な瞳が射貫く。びくりと趙雲の肩が揺れた。
 無理矢理にでも押し返そうと、思いきり腕を振るが、曹丕は難無く趙雲の腕を掴み、身動きを封じた。
 より近く、覗き込むように曹丕の顔が近づく。

「私は構わぬ」

 曹丕の、先程まで湖面のように静かだった瞳が、刹那、燃えるような色を示した。
 曹丕も覚悟しているのだ。結果など、始めから分かりきっている。
 その上で、答えを待っている。 
 縺れる舌が、言葉を紡ごうと躍起になっている。
 一言、たった一言だ。それで始まり、終わる。

「…私も、好きだ、」

 その瞬間、きつく抱きすくめられ、噛み付くような口付けが言葉の続きを奪い取った。
 もう戻れない。 
 過ちだなどと思わせないくらいに、深く深く、秘密の中へ耽溺して行く。 





「箱庭療法」の相原様より、相互記念として戴きました。

丕趙…ですよ……!!
密かに本命なので嬉しい限りです。
素敵なお話をありがとうございました!

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