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コロコロ、コロコロ
鮮やかなキャンディーが、緩やかな曲線を描いて
転がっていく。
「あっ...。」
思わず俺は溜め息をもらした。
さっき買ったばかりのいちご味のキャンディー。
今は無残にも土の上で鈍く色を落としている。
「あーぁ、……やっちまった」
いつも。
いつも俺はこんな失敗ばかりする。
こうして、大切なものを無くしては、見捨ててしまう。
「やだねー…歳とると鬱になってやまねぇやぁ」
銀髪の髪が静かに揺れる。
銀時は溜め息を1つついて
気だるげに立ち上がった。
フワリ、
鼻に甘い香りが走る。
コロリ、
舌に優しさが滲む。
美味しい、と感じた時、無意識に落ちたキャンディーを口に放り入れた事に気づいた。
「あッ....。落ちた飴食べちまったよ。ははッ。」
苦笑いながらも,再びその飴を舌の上でころがす。
甘い。
「人生もこう甘くはなってくれないものかねぇ...。」
「甘くいきゃあ誰も苦労しやせんよ」
突然。
背後から声を掛けられた。
ゆっくりと振り向くと、俺が座っていたベンチに
偉そうに栗色の髪をした少年が座っていた。
「これはこれは、総一郎君じゃないですか。
真っ昼間に公園なんかにいて職務怠慢なんじゃねぇの?」
「俺は何時でもサボりをモットーに働いてんでさぁ旦那」
ニヤリと笑って隣を促してくる。
違ぇねえ と笑いながら、少年―――沖田 総悟の横に腰をおろした。
沈黙が続く。
コロコロと俺の舐めているキャンディーが転がる音だけが、周りに響いては消えていった。
「ところで旦那、」
「あ?」
「近頃、攘夷派が動き出してるの、知ってやすかい?」
「あ−ぁ。噂程度になら耳にしたな...。」
「そうですかィ?そりゃあ話しが早い。」
総悟がその可愛いらしい顔で笑顔を作った。
それも,『にこッ』ではなく『にたッ』という感じの怪しさを含んだ笑顔だ。
長くつるんできた中だ,あきらかに何かを企んでいることくらい銀時にだって分かった。
「でもそのことは俺とは関係ないだろ?面倒はごめんだ。」
総悟が話を切り出す前に,銀時は言い放つ。
「―――桂」
ボソリと
注意して聞いていなければ耳に掠れもしない程度の大きさの声で、総悟が呟く。
続きを待っていても一向に言ってこないので、俺はしびれを切らして思わず聞いてしまった。
「桂が……何だってんだ?」
「あ〜、旦那には関係ありやせん。
俺の独り言でさぁ。
あーぁ、桂でもあれは流石にヤバいねィ…」
コノヤロ、と舌を打つ。
コイツは、俺と桂の関係を知っててわざとカマかけてやがるんだから憎たらしい。
「善良な一般市民として攘夷派の動きを知りたいのは当然だと思いますが?」
「善良な警察官として一般人に機密情報を与えてはならないのは当然だと思いやすが?」
ああ、クソ。
「…サディストめ」
「何を今さら」
ヒョイ、と跳んで沖田は銀時の横から離れた。
「善良な市民として安全を確保するための続き、
知りたいならついて来なせぇ」
そういって総悟は歩き出す。
だが銀時は渋ってしまい,あぁだのうぅだのいいながら道の真ん中で立ち往生してしまっていた。
「どうするんですかィ?まぁ俺は強制する気なんてさらさらありませんが,―――旦那ぁ,早くしねえと行っちまいやすぜ?」
だらだらだら。
あぁ...
こいつはいつもそうだ,こうやって人を追い込みやがる。
...でも仕方ないか,俺ぁこんな連中とつるんでるんだから,諦めて腹括らねぇとな。
深呼吸を1つして,銀時は言った。
「連れてってくれ。」
総悟はその言葉を聞くとまた怪しい笑顔を見せて、ゆっくりと歩き出した。
いつまでも子憎たらしい野郎だ。人を扱うのに馴れてやがる。
総悟の後をついて行くと、どんどん人気のない所に連れていかれる。
裏路地に入っては見知らぬ通りに出て、
裏路地に入っては出て、
入っては出て―――
今は人っ子一人いない薄暗い通りを歩いていた。
「沖田くーん。銀さんをどこに連れていくつもり?お前桂ーとか言って騙してんじゃねぇだろうなコノヤロー」
「俺は人を騙すなんて事はしやせんよ脅して連れて行きやさぁコノヤロー」
……確かに。
妙に納得して歩を進めていると、突然 総悟の足が止まった。
「―――着きやした」
そこは、なんともみすぼらしい廃墟。
無造作に不法投棄された家具類が山積みになっている。
だが、
しっかりとした柱造りと朽ちてない屋根を見ると、
なるほど、隠れ家には最適だ。と思う。
「旦那ぁ。気ィ抜かないでくださいよ。」
廃棄の入口に差し掛かったとき,総悟が言った。
「あン?てめぇなんかに言われなくてもわかってら。」
けッと銀時は拗ねた顔をして,ガリリと飴玉を噛んで飲み下す。
「そうですかィ。もうお気づきでしたか。それはとんだご無礼を。」
総悟が微苦笑を浮かべ,前を見据えて言った。
「たりめぇだろ。」
そう言いながら総悟の横に並ぶと、逆に総悟が一歩下がった。
驚いて見ると、真剣な表情で未だ扉を見据えている。
「俺が行くよりも先に旦那が行ってくだせぇ。
俺よりも旦那の方が動きが速い。………悔しいですけどねィ」
頭を掻き溜め息混じりに呟くと、此方を見て力強く囁いてきた。
「頼みましたよ、旦那」
「………ったく、しゃあねぇなあー。
面倒沙汰を人に押し付けやがって。」
ざっ、と足元の雑草を踏んで、
ゆっくり、ゆっくり。
廃墟に向かう。
そして銀時は廃墟に踏み入った。だが廃墟の中はしんとしていて,2人の音を吸い込むかのようにただ静寂を漂わせるばかりである。
「旦那ぁ。」
総悟が後ろから呼ぶ。
「なんだよ?」
「目の前に階段があるのが見えますかィ?」
そう言うと,総悟は銀時の肩越しにひょこりと顔を覗かせて暗闇を指さした。
「ん??」
「暗いから分かりにくいでしょう?」
「ああ。」
目を凝らしてみる。
すると,闇の中にうっすらと階段が見えた。
「見えたぞ。」
「ほんとですかィ?じゃああの階段を登りましょう。登れば,旦那が知りたがってることがすぐにわかりますから。」
背中を押され、慎重に階段を登っていく。
ぎし…ぎし……
相当年代がいっているのか、いくら足音を立てないよう注意をしても耳障りな音が辺りに響いては霧散していった。
ぎし……
ぎし……
ぎ………
「……おい」
「どうしやした?」
「一番上だ。階段がもうない」
小声で話すと、総悟も階段を登りきり銀時の横に並ぶ。
そして辺りをキョロキョロ見回すと、慣れた足取りで1つの扉の前に立った。
「見えやすか?ここでさぁ。」
「………あぁ。」
―――いよいよ、か。
前に進むと、またぎしっと床が鳴り響く。
深呼吸し、木刀に手をかけ構える。
総悟に合図をしようと顔を見たが、暗闇で表情がよく読み取れなかったので諦めた。
「いくぞ」
言うや否や、目の前の扉を蹴飛ばして室内に飛び込む!!
目の前に広がる光景は――――
「…………は?」
「ハッピーバースデー!!!!」
パンッ、パパンッ
明るく装飾された室内と、顔馴染みのメンバーが、
気色悪いほど満面の笑みで銀時を迎えた。
「....。」
「あれッ?旦那ぁ,もっといい反応してくだせィ。」
総悟が肩をぽんと叩いた。
すると銀時の体が小刻みに揺れている。
「旦那ぁ?どう「てめぇ!!結局騙してんじゃねえかよ!!てか結構うれしいじゃないかコノヤロー!!。」
照れて少し頬を染めた銀時は、隠れるように総悟の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「やっぱ嬉しいんですかィ。
そりゃあ良かった」
「けっ!!」
総悟から手を離し、部屋に向き直ると変わらぬ面子。
思わず顔をほころばせていると、待ちきれないかのように中の奴等が口々に喋る。
「銀ちゃんアンハッピーバースデーヨ」
「いや、神楽ちゃん"アン"は要らないよ? つけたらハッピーじゃなくなるからね」
「万事屋ぁ! さっそくプレゼントなんだが、生憎急で用意が出来なくてな…お詫びにお妙さんの盗撮写真でも「テメーそんなの撮ってたのかコラァァアア!」
「万事屋……テメーにも誕生日なんてモンがあったんだな。その…準備してないからアレだ、キューピー人形やろうか?」
「副長、それ要らないと思います」
「銀さん、誕生日おめでとうなぁ。今日はなんか奢ってくれるって言うんで来たんだ。いやぁ、本日付けで無職になっちまってよぉ、行く所がねーんだ泊めてくんね?」
「マダオ...てめぇ何しに来たんだよ?俺のこと祝いに来たんじゃねえのかコノヤロー!!」
銀時が拳を握った。
でもその表情は明るくて,幸せそうなのだが。
「まあまあ。それより旦那ぁ,大好きな甘いケーキも用意してありやすぜ。」
総悟が銀時を促す。
「どうぞ。旦那の誕生日なんだ,ロウソク消してくだせィ。」
大きいケーキには『銀さんお誕生日おめでとう』の文字。
それを眺めていると笑みがこぼれた。
ことことこと....
「ん?なんかケーキの中から変な音がすんですけど?」
「……………。」
ことことことこと……
「………………………。」
「え、何みんな黙りこくっちゃってんの?
絶対なんか仕組んでるよね絶対なんかしてるよねコレ?」
「そんな事ないネ。さっさと吹くヨロシ」
「じゃあテメーが吹けやぁ!!!
つぅか何!?みんないつの間にそんな後ろに下がってんの!!?」
「いいから早く!」
「男ダロ!」
「せっかく用意したんだから!」
「なんの用意だよぅおおおッ!?」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
「なんかすっげー恐ろしいんだけどォォオオ!」
「あ、消えた」
叫んだ拍子に出た息が、ろうそくの火を消してしまった。
パカーンッ!とケーキの中から現れたのは……
「おう。銀時。」
「....ヅラ!?」
「ヅラじゃない,桂だ。」
「てめぇ驚かせるなよ!!!まじ銀さんの心臓ばくばくだったんですけどッ!!!心臓がばくばくし過ぎてぽっくりいったらどうしてくれんだよ!!?」
「まあそのときはそのときだ。」
「てめぇらまじ祝う気あんのかぁ!!?」
あはははは
みんなが笑った。
「〜〜笑うなっ!!
はぁ…んだよ、結局俺を驚かせるためだけのドッキリ企画じゃねぇかよ〜……」
嬉しかったのによぉ。
喉まで出かかったその言葉を飲み込み、手で顔を押さえてしゃがみこむ。
「…………」
ドサッ
…………?
帰ろうかと考えていると、何かが横に落とされた。
首だけを動かしてその物体を見る。
物体の正体は、
綺麗に包まれた……箱?
「顔を上げろ、銀時」
桂が俺の頭を無意味にぐしゃぐしゃにする。
眉を潜めて立ち上がると、皆が横一列に並んでいた。
それぞれの手には、綺麗に包装された包みを抱えている。
「俺たちからのプレゼントだ。攘夷と真撰組が結束してまで用意してやったんだぞ、有り難く思え」
ひとつ、ひとつ
大事に受け取って。
「 」
思わずこぼれた恥ずかしい言葉に、廃墟は嬉しそうな笑い声で包まれた。
――――
Happy birthday
銀ちゃん
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