喧嘩する二色B
2014/10/15
今回はちょっとシリアス気味な喧嘩。
年齢は13歳と12歳。
丁度中学生と小学生で分かれますね。
すれ違いが発端でごちゃごちゃする二人。
伊勢のマフラーはいつの間にか床を引きずらなくなった。
それはそのまま彼の背たけの上昇を伝えている。
体型もだんだんと青年に近付こうとしており、まだあちこち未発達ではあるがすらりとしていた。
髪は短くなり、やんちゃな性格を体現する様に外はねしている。
中身はさして変わらない。
流石に稚拙な癇癪は治まったが、豊かな感情表現や突拍子も無い行動は健在である。
そんな彼は近頃イライラしっぱなしだ。
毎日違う事に苛ついているわけではなく、長きに渡り同じ事で苛ついている。
原因は一人の人物で、最近は極力出くわさないよう立ち回っていた。
が、同じ場所で生活しているのだから延々と避けれるわけではない。
伊勢と彼に関しては寝起きする部屋まで同じな為、それこそ丸一日顔を合わさないなど不可能なのだ。
「…ただいま」
無愛想全開で割り当てられた部屋に入る。
中はきちんと整頓されている。
同居人は既に自分の机に向かっており、宿題をしていたらしい手を止めて伊勢に「お帰りなさい」と笑いかけた。
闇夜も背が伸びた。
彼の場合、青い髪も一緒に伸び、邪魔になったのか後ろで簡単に括っている。
右目を覆う物も包帯ではなくなり、黒いばつ印の形をした変わった眼帯になっている。
これは数年前に伊勢が彼の誕生日に「格好いいじゃん!」などという理由で渡した物だ。
どこに出掛ければこんな物が手に入るのかとつっこみたい気持ちにもなった闇夜だがそれよりとにかく嬉しくて、それ以来入浴時や就寝時以外、肌身離さず付けていた。
今の伊勢にはそれすら気に食わないのだが。
「………」
迎えてくれた幼なじみに一瞬足りとも笑い返さないまま、背負っていたリュックを自分のベッドに投げた。
「伊勢、物を投げちゃダメですよ」
「………」
「そちらは今日宿題出なかったんですか?」
「………」
「あるなら早めに終わらせといた方が良いですよ」
「………うん」
十歳を迎えた頃、二人は学校に通いだした。
携帯と充電器で学科と建物が分かれている為、学校内でお互いが出会う事はあまり無い。
それを補う様にして、闇夜は大事な友人とコミュニケーションを図ろうと話しかける。
しかし伊勢はろくに返事もしない。
会話としてはあまりに破綻している。
闇夜はちょっと顔をしかめた。
近頃この赤色に避けられている事などとっくに気付いている。
だが原因には思い至っていない。
学校で嫌な事が続いていて、その影響で自分にも冷たいのだろう、と見当違いな憶測を立てている。
自分自身が彼のイライラの根源だとは思いもしていない。
それはその筈で、闇夜は伊勢に何もしていないのだ。
明るく挨拶したり話し掛けたりはするも、嫌われる様な真似は一切していない。
それどころか、幼い頃に拾われ、よく世話をしてもらった恩に報いたくて、少しでも彼の役に立ちたいと様々な努力をしている。
料理なんかも習いだし、美味しく作れた時はいつもいの一番に伊勢に持っていった。
そういった彼の涙ぐましい切磋琢磨が伊勢の苛立ちを更に助長させるとも知らずに。
「……伊勢、俺、何かしましたか?」
「………知らない」
「知らないって……、じゃあ、何でそんなに怒ってるんですか?近頃ずっと俺を避けてるでしょう?」
「…怒ってないし、避けてない」
伊勢は不安だった。
闇夜とは将来的に携帯と充電器として組む事が決まっている。
それ自体に不満は無い。
伊勢は何も闇夜を嫌っているわけではなかった。
ただ、日々逞しくなっていく彼を見るのが怖いのだ。
色んな事に挑戦して、色んな事が出来る様になっていく闇夜。
昔は何かあればすぐ伊勢に泣きついていたのに、今やその弱虫の面影は殆ど無い。
口調すらもしっかりしていき、もう「僕」とは言わない。
年齢差は一つだけなのに、彼だけみるみる大人になっていく様だった。
思えば始まりはあの迷子事件だ。
あれを境に彼はベソを掻かなくなった。
あの一件が自立を促したらしく、伊勢の隣で彼は急激に強くなっていった。
このまま彼が自分を全く必要としなくなる日が来るのではないか。
伊勢はそれが不安でならなかった。
自分はこれといった取り柄も無く、子供らしいといった評価を受ける事が多い。
実際に彼はまだ子供なのだからそれは悪い事ではないのだが、あっという間に成長していく闇夜を見ているとそれすら劣等感になった。
自分なんかと組む事になって、彼は嫌じゃないのだろうか。
料理も勉強も何でも出来る彼に、自分なんか必要だろうか。
自分なんか、要らないんじゃなかろうか。
真っ暗な感情が渦を巻いて、伊勢は身動きがとれなくなった。
やがて、闇夜を見るとマイナスな気持ちが膨らむ様になった。
喧嘩だけは避けたくて、彼と関わる事を拒みだした。
それでも根気強く自分と向き合おうとしてくれる闇夜に、自責の念がどんどん積もり、それすらお門違いなイライラに変わってしまった。
日を追う毎に醜くなっていく自分に辟易していた。
「……嘘。目が怒ってます」
「……怒ってないったら…」
「伊勢……」
「っ……もう、ほっといてよ!いつもいつもお兄ちゃんぶって、鬱陶しい!」
これまで蓄積していたモヤモヤが遂に乱暴な言葉としてこぼれでた。
叫んだ瞬間に後悔したが、止められない。
呆然としながらこちらを向いている闇夜を睨み付け、よせばいいのにまた口を開く。
「大体、避けられてるって自覚があるならこんな風に話しかけないでよ!嫌がらせ?!」
「なっ、そ、そんなわけないでしょう!俺はただ、伊勢が何か悩んでるのかと思って…」
「そういうのが鬱陶しいんだってば!何でも出来て性格も良いってとこ自慢したいの?!」
「っ、何ですかそれ…。何で心配してるだけでそこまで言われなくちゃならないんですか?」
「〜〜〜っっうるさい!!」
喧嘩だけは、したくなくて。
でもそれは避けようとすればするほど近付いてくる。
思いはすれ違い続ける。
言い争いは白熱していき、両者から冷静さが削り取られていく。
伊勢が勝手に大人だと考えていた闇夜もまだ十三の子供だ。
中途半端に幼稚な二人は口論の切り上げ方もろくに知らない。
最後には、手が出た。
伊勢が思い切り闇夜を突き飛ばしたのだ。
椅子に座ったままだった闇夜は背中から床に落ちて身を打つ。
一瞬息が詰まったのか、「ぐっ」と苦しげな声が聞こえた。
それにも構わず、伊勢は椅子を蹴散らし彼に馬乗りになった。
小さな頃にもこうして喧嘩をした事がある。
幼い伊勢は手が出る喧嘩においては負け知らずだった。
相手を押し倒して、上に乗って、相手が降参を訴えるか逃げ出すまで怒りのままに攻撃した。
今もまたそうしようとしていた。
突然の事に対応しきれていない闇夜の頬を一発はたいた。
そのまま勢いで勝つつもりだった。
しかし、幼い頃から戦術の変わっていない伊勢と違い、闇夜は応戦の仕方を身に付けていた。
「っが!」
自分の上にいる相手の腹を思い切り蹴飛ばし自由の身となる。
思わず声を上げた伊勢は出入口脇の壁に激突して咳き込んだ。
「げほっ、はっ、…このっ…!」
闇夜との取っ組み合いで、今のが初めての反撃らしい反撃だった。
まさかここまで盛大にやり返してくるとは思っていなかった伊勢は、多少動揺している。
それを悟られない様に素早くまた飛び掛かった。
だが相手の方が速かった。
闇夜は軽い身のこなしで伊勢をかわし、後ろから相手に掴みかかった。
背後をとられた伊勢が慌てて振り向いた途端、その頬を殴る勢いで平手打ちにする。
それは凄まじい威力で、鳴った音すら痛々しい。
衝撃でよろけた伊勢は今度はさっきとは逆に押し倒されてしまった。
激しく痛む頬にも構わずすぐさま相手をどかそうとするも、恐ろしい事に全く敵わない。
お互いに手と手を組み合って押し合う状況にあるが、明らかに伊勢が劣勢だ。
「…っ……ど、いてよ…!!」
「伊勢が先に仕掛けてきたんでしょう…!」
「そんなの……闇夜が悪いんだから、仕方ないじゃん!」
「だからっ!俺に不満があるなら普通に言って下さい!」
「…っ…や、やだっ!!」
火事場の馬鹿力という奴だろうか、伊勢が渾身の力で闇夜を押し返した。
不意を突かれ尻餅をついてしまった闇夜の襟元を掴み、そのまま頭突きをかました。
いっ!、という闇夜の潰れた悲鳴が続く。
「っ…、そうですか……そっちがその気なら俺だって容赦しませんよ…」
「かかってきなよ!どうせ負けて泣いて逃げるくせに!」
そこから争いは一気に激化した。
狭くもなく広くもない部屋の中が喧騒で満ちる。
知らず知らずの間に散らかっていく室内にも二人は気付かない。
お互い、相手しか見えていない。
完全に頭に血が昇りきっていた。
伊勢も闇夜も、これだけ激しい喧嘩をしたのは生まれて初めてだ。
今までの軽い擦り傷程度で終わっていた小競り合いとは違う。
やがて、伊勢が言った通り泣いて逃げた。
ただしそれは闇夜ではなく、言った当人であった。
戦いが終盤に近付く程に弱っていったのは伊勢の方だった。
いつの間にか取っ組み合いの腕すら上げた闇夜に驚いて、思った通りの反撃が出来ないまま。
とどめだと言わんばかりに叩き込まれた横腹への蹴りが殊更強烈で、自分のベッドに吹っ飛ばされた伊勢はとうとう戦意喪失した。
このまま争い続けても負けは目に見えている。
それに気付いたからにはもう戦えない。
悔しくて痛くて悲しくて、一気に涙が溢れ出した。
それを見た闇夜の動きが一瞬止まる。
その隙に、最新の痛みを携えた横腹を抱えながら部屋を飛び出した。
身体の至るところが痛んでろくに走れないけれど、それでも懸命に部屋から離れる。
今追撃をされたらと思うと怖くて仕方ない。
敗走しながらも涙は量を増し、泣きべそをかきながら彼は走り続けた。
あの日の本を巡る喧嘩とは真逆の結果だ。
逃げ出したのは伊勢で、部屋に残されたのは闇夜だ。
伊勢と同じくらいに傷だらけになって部屋に佇む闇夜は、逃げた友人を追い掛ける事もせず、ただ俯いていた。
着物も括っていた髪もぐちゃぐちゃになっている。
だが本人はそんな事一切気にならない。
泣いていた伊勢の顔が頭から離れない。
赤い隻眼には久方ぶりに涙が滲んでいた。
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