喧嘩する二色@
 2014/10/15
ちっちゃい伊勢とちっちゃい闇夜の喧嘩。
感情が昂ると敬語が崩れる子闇夜さん。
子伊勢はワガママで甘えん坊。
今回は六歳と五歳の喧嘩です。

六つという歳ながら闇夜は中々利口で、簡単な文庫本ならば一人で読めた。
世話係の一人である若い女性に貸してもらった本を読んで以来、闇夜は読書に夢中だ。
この歳で活字を追う楽しさに目覚めたらしい。
読めば読むほど広がる世界に目を輝かせた。

ある日も闇夜は部屋の隅っこで本を読んでいた。
彼が読書にハマったと知るやいなや、何人もの世話係が子供向けの色んな本を貸してくれたから、読む物には困らなかった。
今日読んでいるのはファンタジー物の冒険物語。
長編なので何日にも渡って読み進めている。

「あ」

と、読んでいた本が手から抜き取られた。
何事かと思い顔を上げると、知り合ってようやく半月が経った赤髪の小さな男の子が楽しそうに笑っていた。
手には今しがた闇夜が読んでいた本が。

「…返してください」
「やだ!ねぇねぇ、そんなことよりあそぼうよ!公園いこう!」

無邪気に遊びを持ち掛ける幼い笑顔に悪気なんか微塵も無い。
一緒に遊ぶのが当然だとばかりに伊勢は闇夜の手を掴み引っ張る。
だが、その手はあっという間に振りほどかれてしまう。
闇夜はすっかりご機嫌斜めだ。
せっかく面白い場面まで読み進めていた本を、勝手な理由で取り上げられたのだから、仕方ない。
いつもなら伊勢のワガママもある程度は聞くけれど、今回ばかりは従わないつもりだ。

「遊びません。本、返して」
「えー何で?あそぼうよ、ねぇ」
「やです。いいから早く本をわたして下さい」

厳しい表情を作って両手を差し出す。
眼前に立ち塞がったまま唖然としていた伊勢は、その言葉で一気に不機嫌になった。
払われた手は別に痛くないのに、どこか違う場所が痛んだ。
闇夜にこれだけ真っ正面から拒絶された事は無かった。
闇夜は決して伊勢より本が大事だなどとは考えていなかったが、伊勢にはそう思えた。
手中にある本に負けた気がした。
自分と遊ぶより、一人で静かに本を読んでいる方が楽しいのだ。
自分となんか、遊びたくないのだ。
腹の底から込み上げてきたムカムカが、みるみる内に体内を満たす。
悔しくて悔しくて悔しくて。

「…っ……闇夜のばか!もういいもんっ!」
「あ!伊勢!待って!」

言い捨てると本を抱えたまま走り出す。
闇夜もそれを見て慌てて立ち上がり後を追う。
だが悲しいかな、闇夜は伊勢にかけっこで勝てた試しが無い。
必死に追い掛けはするものの、突き放されない様にするのが精一杯で、追い付く事なんか出来やしない。
伊勢が自分のマフラーを踏んづけて転んだりしない限り、闇夜に勝機は無い。
その内に二人はどこかの小部屋に辿り着いた。
この施設には沢山の子供がいる。
それに合わせて遊び場も沢山用意されている。
この小部屋もその内の一つなのだろうが、今は駆け込んできた二人以外、誰もいなかった。
伊勢はきっと怒りに任せて適当に走っていたのだ。
お陰で追い詰める事に成功した。
部屋の奥には伊勢、出入口側には闇夜。
これはチャンスだ。
急なダッシュで乱れた息を整えながら詰め寄る。

「はっ…はっ……ほら、伊勢…行き止まりだよ?」
「…………」
「ねぇ…お願いだから、それ、返して下さい」
「…………だ」
「え?」
「やだ!!」

走っている間にも伊勢の鼻はツーンとしだし、今や大泣きだった。
せっかく出来た友達が、自分より本を選んだ!
せっかく出来た友達が、本なんかにとられた!
叫びと共に悲しみや悔しさが膨れ上がって、持っていた本を近くのゴミ箱に叩き込んだ。

「あぁ!!」

闇夜は思わず叫んだ。
ゴミ箱の中は空だった。
今の行為で本が派手に汚れたりといった心配は無いだろう。
しかしそんな事はどうでもよかった。
いや、借り物なのだから汚すような真似を許してはいけないのだが、それよりも、伊勢がそういう行為をした事がショックだった。
伊勢はあの本が借り物だと知っている筈だ。
伊勢は闇夜が読書好きだと、知っている筈だ。
知っていて、その全てを否定するような行いをした。
頭に血が上ってついやってしまっただけかもしれない。
それでも、悲しかった。
そして、腹が立った。
走った直後に叫んだ事で息を切らせている伊勢の元にずんずん歩み寄ると、思いっきり頬を張った。
子供といえど全力のビンタはそれなりに威力がある。
肌を打つ鋭い音は、柔らかな日差しの落ちた部屋にはどうにも不自然だった。

「…っな……な…!」
「何てことするの伊勢…!!ひどいよっ…!!」

突然の手痛い反撃に涙すら引っ込んだ伊勢は、見たこともないくらいに怒った闇夜の顔に怯んだ。
絞り出す様な叱責の言葉と睨み付けてくる隻眼に、流石に罪悪感を覚え始める。
でも、それを素直に認めたくはなかった。
叩かれた頬が痛くて、でもそれは自分が彼に酷い事をしたせいで。
理解していた、全部。
だけど「ごめんなさい」の一言はどこかに引っ掛かって口から出てこない。

「……や、闇夜があそんでくれないからわるいんだもん…!」

代わりに出てきた全く可愛くも何ともない忌々しい減らず口が、闇夜の表情を更に険しいものへと変える。
違う、違う。
怒らせたいわけじゃない。
喧嘩したいわけじゃないのに。
ただ、遊びたくて。
構ってほしくて。

「伊勢なんて大っきらい」

冷たい冷たい一言。
それが引き金になってしまった。
伊勢は衝動のままに闇夜に飛び掛かった。
もんどりうって仰向けに倒れた相手にのし掛かり、容赦無く顔や頭を叩く。
闇夜は此処に来る前は大人の人に酷い扱いをされていたと聞いた。
だからなのか、施設に来た最初の方は頭を撫でられる時ですらびくついていた。
それが半年で伊勢により癒され鍛えられた様で、大人相手でなければ彼もそこまで怯えなくなった。
今だってそうだ。
やられっぱなしだったこれまでとは違い、闇夜はきっちり抵抗していた。
が、やはり勝てない。
どれだけ暴れても押し倒された位置から抜け出せない。
苦し紛れに放ったパンチやキックもてんで的外れで、相手の攻撃だけはきっちり受けてしまう。
数分間続いた幼い取っ組み合いは結局、伊勢に軍配が上がった。
攻撃に耐えきれなくなった闇夜が最後の力を振り絞ってやっとこさ伊勢の下から抜け出し、泣きながらよろよろと部屋を後にした。
それが争いの終結だった。
一人部屋に取り残された伊勢は、ゴミ箱の底に鎮座する本を暫く見つめていた。





争いから二日後の事だ。
最初に話し掛けたのは伊勢だった。
負けず嫌いでワガママな伊勢が、自分から頭を下げて闇夜に謝った。
近くにいた世話係達も珍しい光景に目を丸くしていた。
彼は本を差し出した。
ゴミ箱から回収した物語。
表紙の端が少しだけ折れていたが、破けたり汚れたりはしていなかった。
あちこちに絆創膏を貼った闇夜は、謝る伊勢をジッと見ていた。
伊勢は内心気が気じゃなかった。

(…許してもらえなかったら、どうしよう…)

それはとてつもなく悲しい事だ。
だが自分にはそれを拒む権利など無い。
あの後、沢山考えて、自分がどれだけワガママだったのかを思い知ったから。
あの時、相手の都合も考えずに勝手な事ばかり言っていた自分がとても恥ずかしい。
本に当たり散らした自分はもっともっと恥ずかしい。
頭にきて乱暴な手段にうって出た自分は、もっともっともっと恥ずかしい。
ごめんなさい、とただただ一生懸命に謝る。

「おれね……闇夜と、あそびたかっただけなの。本に闇夜をとられたって思って、くやしくて…。…でも、だからって、あんなにワガママばっかり言ってちゃダメだって、きづいて…。…ケガまでさせちゃって…、…本当にごめんなさい」

ポロポロと溢れ落ちた涙が本に落ちる。
その様子に、さっきまで固まっていた闇夜の表情が緩んだ。
軽く溜息を吐くと、手を伸ばして伊勢の涙を拭ってやる。
仕方ないな、と顔に書いてある様だった。

「……もういいですよ、伊勢。僕も、ひどいこと言っちゃったし…」
「闇夜…」
「ごめんなさい、伊勢。せっかく遊びにさそってくれたのに、つめたくしちゃって…」

仲直りのしるしに、今日はいっしょに公園へ行きましょう。
そう言って傷だらけの顔ではにかむ相手に、伊勢も泣きながら笑った。

「でもその前に、この本をかしてくれたおねえさんに、表紙を折っちゃったことを二人であやまりにいきましょう」

付け足された言葉に、二人して笑顔を苦笑に変えた。



(「あぁ、それとね、伊勢」)
(「ん?なぁに?」)
(「大きらいだなんて、うそですからね」)
(「!、…うん!」)

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