きらい。
彼も彼の周りにいる人間もなにもかもが。
きらい。きらい。だいきらいだ







「骸!」

背後から馴染みのある声で名前を呼ばれ立ち止まる。そのまま無視してしまってもよかったが後が厄介だと思った。

「…何か用ですかボンゴレ。」

端的に済ませろと心の内でそう思いながら、上司である沢田綱吉に問う。10年前から彼が自分の標的であることに変わりはないが、10年という月日に自分達を隔てる壁は高く、厚くなった。

「や、えっと骸っていつもいなくなっちゃうからさ。久し振りに守護者が集まったんだからこの後の会食と会議は出てもらおうと…」

へらへらと何も考えていないかのような能天気な表情を浮かべる綱吉に嫌気がさす。不快感が胸いっぱいに沸き上がり思わず眉間に皺を寄せ目の前の人物を睨み付けてしまう。
綱吉は一瞬、びくりと肩を揺らしたが動揺を感じさせないかのようにまた笑った。
それが僕を苛立たせる原因であるということも知らないで…。そう思い骸は綱吉から視線を外しまた歩みを進める。そんな骸に綱吉は慌てて声をかけるが立ち止まることはおろか返事もよこさなかった。






ああ忌々しい。
骸は胸に渦巻く苛立ちを晴らすことも出来ずふつふつと沸きたたせていた。
自分は立場的には綱吉の守護者であるがそれは身体を乗っ取るための手段に過ぎない。ボンゴレ側だってそれを知って霧の守護者に選んだのだというのに、当の本人である綱吉は理解をしていない。
まるで仲間のように、まるで友人のように、まるで家族のように、綱吉は骸と接する。それが骸にとって気に入らなかった。まるで同等、またはそれ以下のように扱われるのはプライドの高い骸にとって許されないことである。



「…骸様」

ふいに、隣に控えていたクロームが声をかける。口を開き、何度か躊躇ったあとこう言った。

「ボス、泣きそうだったわ」
自分のことのように悲痛な表情を浮かべる彼女は相変わらず優しい。いつの間にか少女から女性へと変わったクロームだったが内面は変わらず今も骸に尽くし続けている。
ただ、少し綱吉に対して気がありすぎるのが問題だと骸は思う。クロームにとっては自分のボスなのだから気を使うのは当然なのだが如何せんクロームは綱吉に甘い。また、綱吉もクロームに対して甘い。クロームが女性だからだということもあるだろうが、気に入らなかった。

「、仮に泣いたとしても僕には関係の無いことです」

そう、関係が無い。
彼が笑おうが泣こうが起ころうが、僕には何の関係も無い。筈、なのに。
答えに間があったのは気のせい。声が震えたのも気のせい。彼が死なない限り僕に支障はない。あの身体さえ傷付かなければ彼なんてどうでもいい。だって彼は忌むべき対象なのだから。

そう、気のせいだ。
感化でもされたらしい。こんな戸惑いを持つなんて。馬鹿らしいこれも全て沢田綱吉のせい。そう考えるだけで綱吉に苛立ちを感じるしきっと泣きそうだったとクロームが言ったのも気のせいだろう。それか、演技。
なんてマフィアらしい。同情を誘おうと泣き真似をするなんて。汚らわしい、すっかりボスらしくなったものだと呆れる。ボスになどならないと言っていたのにも関わらず、今の綱吉は部下から敬愛されるドンボンゴレ。


「馬鹿なことを言っていないで行きますよクローム、外で千種が待っています」
「……はい。」

なにもなかったかのように振る舞う骸にクロームは小さく返事を返し悲しそうに俯き骸の後を追いかけた。



ボンゴレの屋敷を出たあと、骸達は外に待たせていた車に乗り込みアジトとして使っている小さな屋敷へ向かった。
これは綱吉から支給されたもので骸はしごく気に入っていない。だがクロームや犬が屋敷を見たときにはしゃいでいたので仕方なく使っている。
二階の奥の部屋は骸の部屋となっており、屋敷に帰ってくるなり真っ直ぐにその部屋へ向かった。室内は至ってシンプルで部屋の真ん中にベッドと隅に本棚があるだけで他には殆んど何もない。生活感を感じさせない部屋だった。
ネクタイを緩めベッドへとダイブする。スーツがぐちゃぐちゃになるなと考えたがそれ以上に疲労していた。


気に入らない、沢田綱吉が。
ずかずかと自分の領域に押し入ってきてあまつさえ居座ろうとする綱吉が気に入らない。ボスとしての義務なのかはたまた同情のつもりか分からないが綱吉の行動には吐き気を感じる。

「…死ねばいい」

彼が死んだらどうなるだろうか、と考える。
まずボンゴレは壊滅するだろう、跡継ぎの候補すらいない中ボスが死んだら確実にボンゴレファミリーは消える。それから沢山の信者が絶望するだろう。神と崇められている彼が死ねば信者共は絶望し涙を流し生きる意味さえ分からなくなる。そして世界中がパニックを起こす。裏社会において莫大な権力を持つボンゴレが潰れたら裏社会はおろか表社会にだって影響が出る。…僕には関係のないことだけれど。

でも、彼が死んだら。
改めて頭の中でそう考えると何故だかいつも忌々しいと感じているはずの彼の笑顔が浮かんできて。それが見れなくなるのかと思うと不思議と胸が痛んだ。
苦しさに眉根を寄せる、どうして自分がこんな気持ちにならなければいけないのかと行き場のない不満がぐるぐると駆け巡る。

(…だから、彼が嫌いなんだ)

瞼の裏にいる彼は自分が見たことのないぐらいの笑顔で、胸を締め付けられる感覚が体を蝕んだ。

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