何故か綱吉の寮部屋を知っていた骸に腕を引っ張られながら綱吉は自室に戻ってきた。部屋には既にルームメートのリボーンがソファーの上で寛いでいた。
そんなリボーンの様子を見て骸はひくり、と眉を引くつかせた。
「…すみませんが僕はこれから彼と打ち合わせをするので出ていってくれませんか」
言葉こそは丁寧そのものだが早く出ていけという本音が滲み出ている。そのどろどろとした、恐れを感じさせるオーラだけで綱吉は気絶寸前だった。
(お願いだから余計なことは言わず出てってくれ…!)
綱吉は藁へもすがる思いで祈ったが神様へは通じなかったらしい。リボーンははんっ、と軽く鼻で笑っただけでテーブルの上にあったシャンパンをボトルのままくい、と勢いよく煽った。そんなリボーンに骸の表情はより険しくなる。だがリボーンは気にも止めずもう一度シャンパンを煽ってこう言った。
「お前の上司であるサンタのこのオレが、なんでサンタ見習いなんかの頼みをきかなきゃいけねぇんだ。打ち合わせなら外でやれ」
しっしっ、とまるで犬を追い払うかのようにリボーンが手を払う。プライドの高い骸にとってそれは屈辱でしかなかった。
確かにリボーンは骸よりも実力があるし立場も上。それは事実でしかないが骸はそれを正直に受け入れることが出来なかった。
「…全く、沢田綱吉。君という存在は僕に不快感ばかり与えますね」
苛々とした、低くて聞いた者を震わすような声でそう言った。綱吉はその言葉を聞いて肩を揺らした後、悲しそうに眉を下げて笑った。何か言おうと口を開いて唇が確かに動いたがそれは言葉にはならず、ただ辛そうな顔で笑った。
そんな綱吉の様子に骸は自分の胸がどうしようもなく痛むのを感じた。自分は彼にこんな表情をさせたいわけではないのに…。そう思っても自分の行動では彼をビビらすか悲しませるかだけ。喜ばせるなんて、…叶わない。
暫く、骸も綱吉もなにも喋らなかったため無言状態が続いた。しかしそれを壊したのは他でもない、リボーンであった。
「おいツナ、」
…ツナ?リボーンが呼ぶ綱吉を指すその愛称がどうしても気に入らず、また苛々が骸の心へ戻ってくる。
まるでリボーンにだけ許された言葉のように感じて疎ましく感じた。
「オメーに免じてオレもひいてやるとするぞ、リビングは開けてやる。オレは部屋で飲んでるからな」
ソファーから立ち上がったリボーンはシャンパンのボトルを持って部屋から出ていく。
よく分からないが彼なりの譲歩らしいと骸が納得する。それと同時に上から目線が気に食わないと内心舌打ちをする。
ちらりと横目で綱吉を見るともう悲しそうな顔はしておらず、安心したかのような表情をしており、知らず骸も安堵する。
「打ち合わせ、しましょうか」
「はっ、はいい!」
声をかけるなり肩を揺らしてびくびくとする綱吉。それを見て骸はまた胸が痛むのを感じた。
何故かそのまま綱吉とリボーンの部屋に泊まった骸はクリスマスイヴまで部屋に居座り打ち合わせという名目の元綱吉と一緒に過ごした。元々、と言っても骸と直接の面識は無かったが綱吉は骸のことを自分とは波長が合わなそうだと感じていた。そして、それは確かなものだった。綱吉の中で骸は苦手な人物として確立された。
目が合うだけで緊張して顔が真っ赤になるし、声を聞くだけで背筋がぞくぞくして落ち着かない。心臓がばくばくと跳ねる、声だって震えてどもってしまう。ちゃんと喋りたいのに。
やはり自分は骸が苦手なんだと綱吉は改めて実感した。
綱吉が何か言う度に嫌味ったらしく文句を言い、ちょっと手が触れただけで溜め息を吐き怒りを露にする。場の空気を変えようと友達の話や他愛のない雑談を振っても眉間の皺を深くさせるだけだった。
早くクリスマスが終わってチームを解消したいと、綱吉は心の底から願った。
優秀なサンタ見習いである六道骸が落ちこぼれな沢田綱吉を意識し始めたのは、意外なことに彼がサンタ見習いとなったその日のことだった。
綱吉は実は骸よりもサンタ見習い歴が長い。サンタ見習いとなったものには先輩サンタ見習いからサンタ見習いのイロハを1対1で教えてもらう。その制度のことをシスターと言うのだが、骸のシスターの相手は綱吉であった。まぁ尤も、綱吉の反応の見るとそんなこと覚えていないようだが。
先輩として憧れる気持ちが恋慕になった。というのではなく、むしろその反対で。ドジを連発しても決してへこたれず前を向く姿勢に、心を打たれたのだ。
愛くるしい外見とは裏腹に中身は意外と頑固で、心の強さなら誰にも負けない。そんな綱吉に骸は惹かれていった。
しかしシスターが終わり綱吉も骸も同じサンタ見習いになり、会うことは殆んど無くなった。もう一度綱吉と話したいと考えた骸は綱吉とチームを組むことを決意した。
綱吉と話すだけで緊張し、言葉が冷たくなってしまう。綱吉のふとした仕草の愛らしさに理性と闘ったり、他人の話しを聞くとどろどろとした黒い感情が心を満たしていく。 それだけ骸は綱吉が愛しかった。
クリスマスが終わってもまたこうして共にいたいと骸は切に願った。
骸と綱吉は決められた担当地区へソリで向かっていた。ソリに乗るふたりの格好はサンタの正装である赤と白のサンタ服。ソリの後ろには子供たちに配るプレゼントが積んであり、綱吉はやる気がみなぎってくるのを感じた。けれど隣にいる骸の存在を確認し、やる気が萎んでいく。
今日の骸はいつにも増して不機嫌だった。トン、トン、トン、と指でソリの端を規則的に叩き怒りを露にしている。それだけでも綱吉は冷や汗ものだが、重い溜め息が分刻みで吐かれるため綱吉はビクビクと隣にいる人物の怒りに触れないよう細心の注意を払った。
しかし一際大きな溜め息を吐いた骸は綱吉に向かって口を開いた。
「……君、もう帰りなさい」
「…え、?」
骸が発した言葉を、綱吉は上手く理解できなかった。耳を通ったその言葉は脳にしっかりと伝えてくれなくて。綱吉は反射的に聞き返した。
「君といると仕事になりません。配達は僕ひとりで出来るので…」
君は寮にでも帰っていなさい。そう続けようとした言葉は、声にはならず喉元で留まった。驚きに言葉さえ出なかった、隣にいる綱吉が泣いていた。えぐえぐと、子供のように
「っ!な、なに泣いてるんですか!」
「ひっ、うぅ…ぐす、ふぇ、」
「ああもう泣かないでください!君に泣かれるとどうしたらいいか分からないっ」
ポケットからハンカチを取り出し乱暴に綱吉の顔を拭う。綱吉は泣きながらそれを受け取り、ごしごしと涙を拭いた。
「なんで…ひっく、こまるの?うっ、」
「そ、れは…」
上目遣い+泣き顔+好きな子。骸はくらくらと目眩がするのを感じた。"可愛い"その言葉が脳内を埋め尽くす。理性と本能の間で揺れる骸は必死の思いで言葉を綴った。
「君が、好きだからですよ…」
「、…」
泣き声が止み、骸の目の前には驚きに目を見開く綱吉。びっくりして涙もぶっ飛んだらしい。
「う、うそだぁ…」
うそうそうそ、あーこれって夢なんだーと現実逃避し始める綱吉の両腕を掴み、骸は綱吉との距離を詰める。顔と顔がくっつきそうな距離まで近づく。
「君が、好きなんです」
そう告げた骸の顔は恥ずかしさから頬を僅かに染めていた。間近で、美人な骸に告白されて綱吉は徐々に紅潮し始める。やがて耳まで赤く染め、恥ずかしそうに俯いた。