沢田綱吉は世界でも有数の発明家だった。幼い頃から神童と呼ばれる程の学力を持ち、十二歳でアメリカの有名な大学を卒業した。 それからは研究所で様々な発明に勤しむ毎日。神童と呼ばれた幼子は世界を救う発明を次々にしていった。
そして二十三歳の春、彼はひとつの発明をした。
人型アンドロイド696
後に彼の最高傑作と呼ばれる世界初の完璧な人工知能を持つアンドロイドだった。
「むくろー」
広い広い家の中、自分を指すその名前に"ムクロ"は閉じていた目をゆっくりと開いた。ぱしぱしと何度か瞬きを繰り返し首や腕に繋がれていたチューブをぶちぶちと外し主人の元へ駆けていく。
「お呼びですか、綱吉くん?」
バルコニーにいる主人にそう問うと、白い椅子に座っていた主人は立ち上がり緩く笑んだ。
「うん、お茶にしようかと思って」
椅子と同じ白い机に置かれた紅茶やケーキにクッキー。
自分が好きなチョコレートケーキがあるのを見て"ムクロ"は笑おうとした。
"20XX.5.10"
696をお茶に誘った。食事に不備はないようだ、インプットしたとうりチョコ菓子ばかり食べていた。
696なりに笑おうとしていたのだろうか、表情にぎこちなさ。未だ表情は乏しい、改良が必要。
動きや仕草は人間そのもの、ただ予期せぬ場合の対応に時間がかかる。
"未だ本物の骸には程遠い"
そこまで書いて綱吉はふぅ、と息を吐いた。ぱたんと書き綴っていた分厚い本を閉じる。
それは日記と名の観察記録。696を作った日から今日まで欠かすことなく毎日書いているそれ。
いくら改良を加えても人間にはなりはしない。696はアンドロイドなのだから。
自分に向ける表情も言葉も態度もすべてインプットしたもの、人工知能なんてものを取り付けてもデータを元に機械が処理して行動するだけ。
「……会いたいよ、骸」
泣きそうな声で呟かれたその言葉は静かに部屋に響いた。