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コビー&上司設定で。コビー視点です。





ここは海軍本部。

一日の全ての業務が終わり、人気もまばらになった頃。

ーコンコン、

静まり返った廊下に響いたのは、
執務室の扉を叩く音。

「大佐、今日もご指導頂けますか?」

しばらく間が空いて、
開かれた扉の先にいたのは。

「あぁ、コビー君ね」

海軍本部大佐、#名前#である。

「悪いわね、今ちょっと手が離せないの。寒いでしょう、すぐに終わるから中に入って待ってて貰える?」

あ。

優しく微笑む大佐を見て、どきん、と心臓が跳ねる。

どうしてだろう。

たったこれだけの事で。

僕の中は、すぐにあなたでいっぱいになる。

「……失礼、します」
「ふふ、どうぞ。相変わらず散らかってますけど」

コビーは赤くなった顔を見られないよう俯きながら中へ入った。

耳が熱い。

でも、大丈夫。
大佐はきっと気付いてない。

人一倍、訓練が厳しいと言われている#名前#大佐。

最初は純粋に教えてもらっているだけだった。

でも、あなたを知っていくうちに上司に抱く尊敬の気持ちはどんどん形を変えて。

人一倍強くて厳しかったはずのあなたはもういない。

……もう、いないんだ。





あれから何分経っただろうか。


頂いたコーヒーを飲みながら待っていると、それまで静かだった室内に響いた物音。

「……?」

何だろう?
音のした方へ振り返ると、
大佐のいつも使っている万年筆が床に転がっていて。

ほどなくして、スー、スーと規正しく聞こえてくる寝息。

「ああ……」

大佐、寝ちゃったんだ。

僕はソファから立ち上がってデスクの方に向かって行った。

デスクの上には空のティーカップ。

その数の多さから見ると、
夕べもまともに寝ないでやっていたのだろう。

苦い気持ちを噛み締めながらも、
僕はそれらを片付けていった。

「……ぅ」

弱々しく聞こえた大佐の声に思わず手が止まる。

大佐はもぞもぞと身をよじらせて、顔の下にあった書類を動かした。

そう、それだけの事なのに。

(……何を考えているんだ、ぼくは)

……こういうとき。
いつもは野太い声で僕たちを一喝しているのに、ふとした瞬間、大佐の見せる仕草に目が離せなくなる。


駄目だ、なるべく見ないようにしよう。

そう思いながら踵を返そうとしたまさに時だった。


「!」
僕は見てしまった。

寝返りを打った一瞬、
大佐の頬に伝ったひと雫を。

「……っ」

書類には、今月殉職した海兵の名前が並んでいた。

「……はじめて見た…」

……大佐が泣いているところ。

部下として見てはいけないものを見てしまった。

そう思って咄嗟に伏せた目は、しかし、
再び向けずにはいられない。


見なかった事になんて
出来なかった。


大佐はいつだってそうだ。

さきの遠征で、#名前#大佐の隊にいた海兵が山賊にやられた事があった。

逃げ遅れた少女を狙った流れ弾が、とっさに庇った彼の後頭部に命中したのだ。


上層部は揃って彼の死を名誉の死と褒め称え
遺族を迎え入れた。

でも、大佐だけは違った。

「私が先に仕留めていればこんな事にはならなかった。心よりお詫び申し上げます」

当然、上層部は大佐を糾弾した。

部下の殉死に謝罪するなど組織を統べる者としてあってはならない行為。これがきっかけで、かねてより期待されていた大佐の昇進は取りやめとなった。

そればかりか
よりにもよって殉職者の調印という本来大佐の権限ではない仕事まで押し付けてきたのだった。

完全に嫌がらせだ。

外では新人の教育係として気丈に振舞っているけれど……本当は違う。

「コビー君、分かってるの。私は間違ってる」

大佐はいつも言っていた。

「報いなんて期待していない。甘えだと言われても構わない。それでも、私はこの立場で彼らに向き合うことに決めたの」

「彼は戦禍の少女を守って亡くなった……それはとても立派なこと。ならばその戦は誰が起こしたのかしら」

「彼もまた、あの少女と同じだったのよ」

そのときも大佐は涙ひとつ見せなかったから。

(大佐は、間違ってる……)

何もかも背負い混んで結局はひとりになろうとするから。

……それが強さなのだと
あなたは信じて疑わない。

でも、もしそれが本当なら。

あなたの悲しみは
どこへ行くのだろう。



「毛布……」

せめて何かかけられるものはないかと思い辺りを見回してみるけれど、あいにく本と書類ばかり積まれたこの部屋にそんなものはなくて。

良かった、さっき着替えておいて。

僕は音を立てないように軍服を脱ぐと、そっと大佐の背中にかけた。

「小さい……」

思っていたよりもずっと小さい背中。

この人はこの背中にいったいどれだけの痛みを背負っているのだろう。

もちろんその中に自分も含まれているわけで。それを思うとずきり、とさっきとは違う痛みを感じた。

早く、早く。

強くなりたい。

出来る事なら悪い奴らをやっつける為じゃなく。

何かを。誰かを守るために。

例えば真っ先に走っていっていちばんにあなたを守れるように。

それだけのために。

綺麗事かもしれない。でも、海軍も海賊も誰もがきっとそんな世界を待ち望んでいるはずなんだ。

だから僕は、絶対に。

絶対に強くなってみせる。

あなたが間違っていることを証明するために。

そして、誰よりも正しかったと証明するために。






「……ううーん……」

唸り声と共に大佐が大きく身をよじらせる。

安らかに眠る横顔には書類に突っ伏した時に出来たであろうインクがついていて。


いつもの大佐じゃ考えられないその姿に自然と笑みがこぼれた。


白い頬にこびりつく黒を覆うように、大佐の頬に指を添える。


似合わない。
貴女にこの色は似合わないから。


「大佐……」

今はまだ、直接は言えないけれど。もしもそうなった時は、僕はあなたに一番に。

「……伝えても……良いですか……?」

そっと手を伸ばして触れた頬はかくも温かい。

インクを拭った指はそのままに、僕はゆっくりと色付く頬へ顔を近づけていった。




眠る君に秘密の愛を。
(すべては、きみのために)



ガチャ

「!!?」
「失礼しまーっす。大佐、今日も良かったらご指導……て、あァ?」
「うっ、うわあああああ! ヘ、ヘルメッポさん! ごめんなさいごめんなさい!」
「……コ、コビー! 何やってんだお前ェ!?」
「うーん……何事?」




お題は「確かに恋だった」さんから頂きました。最後までお読み頂きありがとうございました!
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